イチコが死んだ日

イチコが僕の家にやってきたのは
今から十年余り前のことでした



四月の暗い雨の日でした

皆が雨で桜が散ってしまうと
嘆いていた日でした



当時住んでいたアパートの玄関扉を開けると
そこにイチコがいました





真っ白な毛を
真っ黒にして

拾ってくれといわんばかりに座っていたので
拾ってあげました




なんとなくでした




とりあえずものすごく臭かったので
風呂に入れました



イチコは
どこか僕に遠慮している様子で暮らしていました

拾ってもらった恩や
負い目を感じているようでした






おまえの母が僕の家にやってきたのは
それから少し後のことです

時折僕の家にやってくる僕の父や母にも
どこか遠慮しているような感があったイチコでしたが

おまえの母とは
まるで十年来の友達のように
まるでご近所の奥様方が談笑しているかのように
暮らしていました








おまえが僕の家にやってきたのは
それから少し後のことです


イチコとおまえはまるで姉妹のようでした

イチコが振舞うようにおまえは遊び
おまえが笑うようにイチコは暮らしました








僕たちは
ほぼ毎回
死に少しの希望を散りばめようとして
そして失敗します









イチコが死んだ日

空は晴れ晴れとしていました

イチコが死んだ日

おまえは枕に顔を突っ伏して
泣いていました

イチコが死んだ日

おまえの母も少し泣いていました
おまえは知らないでしょうけど

イチコが死んだ日

三年程使っているトースターのチンという音を
初めて聞いた気がしました











おまえはびっくりするかもしれませんが
僕にもわからないことが沢山あるのです

ただ思うのは
死というのはなんと残酷なものだろうと

ただ思うのは
死というのはなんと冷ややかなものだろうと







だって






一番やさしい人が

一番苦しいのだから









自由詩 イチコが死んだ日 Copyright  2007-04-22 23:56:08
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