愛称
たもつ

女は消印を食べ続けた
消印を食べなければ生きていけなかった
医者には病気のようなものだと言われた
普通に届く郵便物だけでは
必要な量は満たせなかった
子供のころは
両親が女のために手紙を書いた
最初のうちはメッセージを添えていたが
書くことも決まっていたし
必要なのは消印だけだったので
やがて何も書かなくなった
父親が亡くなると
母親と女の二人で書いた
数年後、母親も後を追うように亡くなった
母親は父親と同じ墓に入った
バスで一時間ほどかかる山間の狭小な霊園だった
女は一人で手紙を書いた
一人になっても文面は書かなかった
それでも数日前に自分で出した手紙が届くと
少しうきうきして
何か書いてないか確かめたりもした
そしてがっかりして
消印を食べた
ある日、自分の出した手紙に文字が書いてあった
幼い雰囲気の数文字だけだった
消印の日付から推測すると
女がひどくう酔っぱらった時に書いたものらしい
女は泣いた
手紙を読んで泣いたのは初めてのことだった
「うーたん」
幼いころ
両親が女を呼んでいた愛称だった


自由詩 愛称 Copyright たもつ 2007-04-21 20:33:58
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