さそりの火
鯨 勇魚


航海の繋ぎ合わせ
不定調で繰り返す波が
心音だと知りました

ひろがる海の、
セイタカアワダチソウが群生して
隠す向こうには香炉です
あるいは燈籠の火でしょう

それは暗闇が広がりきると
ところどころに
見えはじめたのです
あんなところにもひとつ
またみつけました
これが記憶の断片です


砂の岬といわれていた
最南端の港に
空は低く静けさは
積もる雪そのままに
降り積もることも
わからないでいる
真冬の障子裏のようで

街の中心の石像
今は語りはしないのです
木々も揺れることはなく
何も伝えてはきません
祈りの教会目線は遠回りに
生きてはいるからと呟いて
生きたまま
こんなにも遠くに来ました
という想いは
後悔ではありませんでした

流氷のたどり着く港
その先の海峡は狭く
この先にマールパシフィコと風は
平和の海と伝えられました

穏やか過ぎる海は
過ぎるほどに
隠されているようで
同じ方角を無口なまま
見つめ石英で傷をつける
この裏がわには酷い崖があり
海鳥が鳥取りに出合うことなく
羽ばたき生活をしている
自然体といわれても
それはそれでいて
こわいのです

見上げた南十字は冷たい
微笑みかけられた牧師の
言葉すら理解できないのだけれど
肩を叩かれた瞬間涙が溢れ出す
慈愛に触れてしまいました

いのちとは蛍石であり
各地からの出港は
厚い透明硝子
境界ごしに
ゆっくりと過ぎ去る
結晶それぞれは浮遊していました
薄く白むものは
私たちに触れることなく
融解してしまいます

人達の持ち合わせる鋭さを見せない
カレイドスコープの羅針盤
見つめた先を
揺らしているからそれらは
まるっきりこの世から
見ているのではないかのようです

遠くの海に沈んだ船
蒼天月との片割れが
隣り合わせて眠っていて
もうそおっと
もうそうっと
見守りたくて見守りたくて
その気持ちがそのままでいて

記憶の繋ぎ合わせは
不定調で繰り返す音が
幻聴のように変わるのです

双眼の中で空は現実
一つまた一つの星が消えました
いいえ生まれ変わって
こんどは
激しい炎
揺らめきではなくて
アンタレスの激しい輝きという
争いではなくて
誰かしらへの想いであり
死んだのちの
さそりの火でした

帰港までの冬の空は
散るものを
隠す為に白むのではなくて
いつかは無音の
知る

それはそれぞれの
不寝番に立って
見つめ合うのかもしれません
記憶を繋ぎ命までのおしまい

あたしたちの中での記憶とすれば
消えてしまいやすい
生まれかわりでしか
ありませんでした

蝋燭の揺らぎまだ
遠くある街並み
すべて見える世界
見えない心の中ごとに
燈るさそりの火が燃えている
優しく
やさしくなりたい
十指を組みながら願う
願えば願うほどに
セイタカアワダチソウの群生が重く
雪を背負い込み
この願いさえ誰かしらが
苦しむことなのかもしれないと
哀しむしかなかったのです

どこかしらで揺れる
激しい炎が揺れる
生きる為に消えてしまう


さそりの火が
誰かしらに
燈る



自由詩 さそりの火 Copyright 鯨 勇魚 2007-04-20 18:56:09
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