古い杖
服部 剛

あっ 

と九十過ぎの老婆ろうばが言うと 
黒い杖はエレベーター十階の 
開いたドア下の隙間にするりと落ちて 
奈落の底で 
からんと転がる音がした 

「 杖も毎日使われて 
  たまには隠れて
  休みたかったのでしょう 」 

隣で老婆と腕を組む
介護士の青年は言った 

翌日も老婆を迎えに
エレベーターで十階に昇り 
玄関のドアが開くと
しわの入った手の下にりんと立つ 
色褪せた木の杖 

長い間 
部屋の隅でほこりをかぶっていた 
古い杖 

猫背の体重を
うれしそうに
支えていた 





自由詩 古い杖 Copyright 服部 剛 2007-04-18 22:35:29
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