鯨のあくび
なかがわひろか

鯨が大きなあくびをしていたから
試しに中に入ってみたんだ

そこはピンク色で
もごもごした物がたくさんいて
うん、なかなか悪くなかった

僕はせっかくのことだから
しばらくここに住んでみようと思った

鯨の中の生活は
それはなかなか快適だったよ
食べる物には多少困ったけど
そのもごもごしたピンクの物は
なかなかの味だった

何日か経った頃
僕は自分の足が溶け出していることに
やっとこさ気がついた

鯨の胃液で溶かされてたんだ
あまりに快適すぎて
ここが鯨の中だってことを
すっかり忘れていたよ

そうやって僕は足を失ってしまった訳だけど
このままずっとここにいれば
特に足を使うこともないし
それほど不便でもなかった

そのうち僕の体も溶け出して
だんだん上の方まで上がってきてさ
腕やら手まで溶け出した頃には
さすがの僕もびっくりしたよ

だけど首だけになった僕は
コロコロとそのへんを転がりまわって
ピンク色のもごもごした物の上を
なんだか気持ち良くてコロコロと転がりまわってたんだ

ある日突然鯨の中から
放り出された
小さくなっていたから
鯨の排泄物と一緒に出されちまったんだな

僕は海の中をふわふわと浮かんでて
また鯨があくびをするのを待とうとも思ったけど
海の中もそれはそれで悪くなかった

小さな魚がやってきて
僕の耳や目玉を食べたりしたけど
別に何が聴きたいわけでも見たいわけでもないさ
無いなら無いで構わない

そんな風に僕は君に捕まえられるまで
海の中で過ごしていたんだ

この話には一つ教訓がある

君たちは
余計な物をつけすぎているってことさ

無けりゃ無いで
そりゃまあ自由なんだよ

(「鯨のあくび」)


自由詩 鯨のあくび Copyright なかがわひろか 2007-04-16 00:52:10
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