そうして夜は酔いどれて
nm6
フリーダム。
自由は、雨あがりの蛍光灯にぼんやりしている。
コツコツするのは足音だ。地下鉄のホームに、つるりと鮮やかな緑色の椅子が並ぶミニマルな夜は終電の少し前。ふわり、酔ったような光は湿気のせいで。明るさと明るさ、明るさ同士がぶつかり合うことばはバラバラとしたひとかたまりのざわめき、という。連なって重なって、畳み掛ける複数の会話が総体としてぼくに、徐々に大きくなるのは、近づいてくる足音だけじゃなくて、ある跡。ある跡をここに。そうして夜は酔いどれて、一方のぼくはしらふだ。
通り過ぎるひとの眼鏡が蛍光灯を吸い込んで、ぼくらにさらけて映す。
それは遠くをはっきりと見るための道具だ。
午後十一時の笑顔は、誰しも終わったあと。隣の椅子にさっきまで座っていた女性がいつのまにか消えていて、別の人が座る気配で気づくような、その呆け具合はうっとりするほどで。暗いよ、と言った。明るさはきっとぼくらのしたたかさで、ざわめきは遠く。連なって重なって、畳み掛ける複数の記憶が総体としてぼくに、徐々に大きくなるのは、近づいてくる期限だけじゃなくて、ある跡。ある跡をここに。そうして夜は酔いどれて、一方のぼくはしらふだ。
フリーダム、フリーダム。ぼくらは日々をカットアップ。
通り過ぎる40の灰色スーツ。押し込まれる無数の行き先ループ。
風景がそのまま焼きついて、すべてはことばのかぎり、ちっぽけで。
ふわりと、湿気。酔いどれているのは夜のほうだ。
ぼくはしらふで、ある跡を。ある跡をここに。
ぼくらはすべて受け入れて、遠くをはっきりと見るためだからさ。
フリーダム。自由は、雨あがりの蛍光灯にぼんやりしている。