フリーダム渦巻きバレエ団
カンチェルスキス



 

 


 ガラム・マサラってのは確か香辛料の一つの名前で、本格カレーなんかに入ってるやつだ。例えば、おれは真剣に考えてみる。カレーを注文すると、スプーンしか出てこない非常時について。おれは確かにカレーを注文した。はっきりと口にした。
「カレーを下さい」
 店員だって答えたんだ。
「カレーですね」
 しかししばらく待って出てきたのは、スプーン一つだ。銀の。
 おれは結構考えた。考えまくって、これ以上考えるのはやめようと思うまで、考えた。これ以上考えると、野菜嫌いになってしまうぐらい考えた。で、こう訊ねるしかなかった。
「ご自由にってことですね」
 店員は銀のお盆を両手で支えてにっこり笑う。
「はい」
 すごくいい娘だ。トラックの助手席に乗せて、裏名神を走る間ずっと横で津軽三味線を弾いていてほしくなるような娘だ。トラックから下りると、けれど用はなかったりする。
 品書きにはこうタイプされてる。
「自由カレー」
 その下にフリーダムカリっとアルファベット表記されてる。ということは、ここには外人も多数来るのか。金閣寺観てやってきましたみたいな。おもしろくもないのにサムライヅラをかぶってはしゃぐおもしろくもないアメリカ人男性みたいのが。
 そしてあとは、おれが自由カレーを思う存分楽しめばいい。
 銀のスプーンを手に取って、汗を掻きつつ、楽しめばいい。
 終わったら、静かにテーブルに銀のスプーンを置いて、慎重にこう言えばいいんだ。
「あのー、お姉さん、水もらえますか?」
 あの娘がやってきて、コップをテーブルに置いてくれる。水が入ってないのはなぜだかわかってる。ほとんど了解済みだ。だから、おれは焦ったり動揺したりするそぶりを見せたりなんかしない。おれがやるべきことは、堪能するだけだ。口の中で氷を噛み砕き、腕時計を見ながら、ちびちび飲んでいけばいい。その間に、あの娘が近くを通ったら、呼び止めて、あの娘のおばあさんの墓の場所を聞き出せばいいんだ。そしてその場所をテーブルにある自由ナプキンにメモって、来週の休みの日に出かけて、猫が寄ってこないようにペットボトルの水を何本か置いてこよう。そうすりゃ彼女のおばあさんもきっと喜ぶだろう。おれは人が喜ぶ顔が見るのが好きなんだ。でも、おばあさんが喜んでるかどうかはちょっと確かめられないけど、それは自由おばあさんだ。何の問題もない。そうだ、そうだ、おれはただ楽しめばいい。そしておれは、コップをテーブルに置き、自由爪楊枝でシーハーしながら、NHKの連続テレビ小説の来週のヒロインっていくつだ?とか考える。いくつでもいいじゃないかという答えを導き出すと、足を組んだ空気椅子をやめて、立ち上がって、少しふらつきながら、レジまで歩いていく。行きずりの女だけど、なぜか声がたまらなく聞きたくなって、おれはすがるようにあの娘に訊ねる。
「いくらかな?」
 あの娘の笑顔はすごくいい。冷蔵庫にマグネット磁石でとめておきたくなるぐらいの笑顔だ。便秘の悩みもないんだろう。ノートルダムの鐘の余韻みたいな美しい響きの声をおれに聞かせてくれる。
「700円になります」
 これだけは自由ではないようだ。そりゃわかってる。わかってる。期待したおれが馬鹿だった。楽しんだんだ。金はちゃんと取られるに決まってる。700円。おれは払った。あの娘は受け取った。手がきれいだった。どれくらいきれいかと言うと、その手に思わず写経したくなるぐらいのきれいさだった。ふいに、声が聞こえる。
「ありがとうございました」
 おれもつられて答える。
「ありがとうございました」
 まるで自分が初コンサートを終えて観客に深々とお辞儀するアイドルみたいな気持ちになった。でも、おれの初コンサートは36日後だ。喫茶店の扉を開けると、カランカランと鳴る。あの娘に彼女のおばあさんの墓の場所を聞きだせずにおれは外に出る。あんな娘がそばにいてくれたら、おれだってマウンテンバイクぐらい乗れるようになるのに。胸が苦しくなった。おばあさんの墓の場所を聞き出せなかった。
 700円。
 高いか安いかは各自が決めればいい。ただ自由カレーを楽しんだ後は、結構疲れる。
 2、3キロ減った感じだ。

 






散文(批評随筆小説等) フリーダム渦巻きバレエ団 Copyright カンチェルスキス 2004-04-28 16:37:14
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