埋葬
はじめ

 木に登った 景色が見えた
 君の街並が海岸に沿って大きく左にカーブしている
 僕は時間のことを忘れた すると本当にこの世界から時間は無くなっていった
 ここの眺めは最高だ まだ昼ご飯を食べてないので昼だと思った そういう概念は必要なのであった
 僕は降りたくなかったが昼ご飯の握り飯を取る為に下に降りた そして風呂敷からいびつな形の握り飯を三個取り出して また木へと駆け上った
 もう僕はここから動きたくなかった 春ならばここから傾斜状に満開の桜が君の街を覆い尽くしていただろう そんな景色を見たかった けどもう遅かった 名の知らぬ鳥が飛び回って 翼で桜に埋葬された君の街の上空を切り刻んでいただろう そして 風に乗って桜の花びらが地上の人工物を一掃して 海を埋め尽くしただろう ピンク色の海が見えたはずだ
 今では新緑がこの山から街まで隙間を埋めている 皐月の風は時々まだ肌寒いがだいぶ暖かい 膝の上に蟻が昇ってきたが僕は払おうとしなかった きっと握り飯の匂いに誘われてやって来たのだろう 僕は木の枝に米粒を一粒くっつけて蟻にあげた しかし蟻はそんなものには見向きもせず 触角を回転させて何かを探していた しばらくすると蟻は膝から降りていった
 僕は再び新緑に恵まれた君の街を見ていた 工場の煙突から煙が出ていた 何時間見てても(時間の概念は無くなっていたが)飽きなかった 風が僕のおでこを優しく撫で前髪を浮き上がらせる 僕の体は少しずつ透明になっていった 目頭が熱くなってきた 握り飯を一気に頬張った 口の周りに米粒がついていることも知らずに僕は腕で目をゴシゴシと拭いた 一瞬桜で満ちた街並みが見えた しかし再び見てみると 僕の時間の概念を破って 季節を急かす新緑で輝く君の街があった 僕はもうこの時代にいられないのを悟り 幹に頭を預け 視界が曇ってきてゆっくりと目を閉じていった 街の地響きに似た声が聞こえた 地面に落ちた握り飯の欠片を 蟻達が集まってきて せっせと巣へ運んでいった この木から眺めた君の街の春の記憶は きっといつまでも永遠に僕の心に残るだろう


自由詩 埋葬 Copyright はじめ 2007-04-04 06:09:25
notebook Home 戻る