『レクイエム・レモン/ひかり』
川村 透

太陽は権力の匂いがする
スピキュール、フレア、黒点、がひろがる
すべすべした君の肌から黒いレモンが香る。

君は喪服でフランス人形みたいに愛くるしくて
黒いレモンのペンダントをしていた
泣いていた。
僕はちっぽけな貝殻で、海の藻屑で
君は喪服で
黒いレモンのペンダントをしていたんだ。
キスはプラズマ
傷、はジオラマ
ふれあいたい。フレア、痛い。いたい、君といたい。手を、つなぎたい。
彼女にはウツクシイ死のスコヤカサがあると僕は兄と話したことがある。


「アインシュタイン交差点で待つ/ノーブルなプロミネンスに焦がされて死ね」


少女は堤防にレモン色の錠剤の入った小瓶を置く。
煮える真夏のコンクリートにレモンは匂うように瓶ごと溶けて
その抗ヒスタミン剤の効果なのか、
太陽は熱を和らげ薄くやさしさを取り戻す束の間
僕は君と手をつないで堤防から砂浜へと降下する
湿った砂の上に僕たちは世界線を引く、
ドキドキするようなホンモノを描いてみせるんだ。
そうか、こう、なのか。こう、か。わかった!、二人はとうとうハッケンしたんだ
堤防に腰掛け手をかざし、熱っぽい目で太陽を見つめたままの
兄にホントウのコトを早く伝えたくて身振り手振り交えて、それ、を
口にするともう、

誰もいない、どこにもいない兄も太陽も海も泡も砂浜も君も。

懐かしい喪服を着て笑って
いるセピアの写真ドコカ、ノ、イツカ、ノ、波打ち際、コーラの小瓶を思い出す、
あれはホントウにあったことなのか?
不思議な事に浜から見える火葬場の煙突に、煙はいつも見えないプラズマ、
スピキュール、棺をなめる炎は黒い太陽のフレア、なのだ。
キミト、ホントウニ、デアッタ、コトガ、アルノカ?


「アインシュタイン交差点で待つ/ノーブルなプロミネンスに焦がされて死ね」


黒い太陽、熱で浮かされた、髄膜炎の眠り、
泥水のシェスタを泳ぐ、オランダのバラ、ホーランド・ローズが踊る夢を見た
君の喪服の膝枕で、頬にレモンの首飾りの甘く尖ったさきっぽが
母の乳房みたいに心地良く触れる懐かしくて蜜柑のように泣けてくるんだ
ああ、蛍火の、あのなつかしいタキオン粒子になぶられる君の前髪、とどけ
紫外線を皮膚呼吸して新しい僕になってみせるよ、マリー、マリー、マリー
兄、よぉ
そう、ラムダ項、えっとここをこうして、と、
夢中になって、夕陽の汗で赤い、砂浜に数式を走り書き、
ほら、、解けた。
太陽風にみがかれた黄金の林檎にくちづけをする君はもう僕の母よりも母らしい
真新しい喪服で
みずみずしい朝の輝き/ノーブルなプロミネンスに焦がされて生まれ変われたら
あに、よぉ


黒いレモンのペンダント
君は喪服のまま生まれたての太陽と一緒にいつか僕と暮らすだろう
新しい一日の始まりにきっと君は家族のために
庭に水を打つんだウツクシク真夏の果実よ君のまなじりは清く、死人、みたいに
スコヤカで、
マスカットの汗を拭う僕は見とれて、ただ、子どものように見とれて果実を剥く
はずのナイフで指を傷付けてしまう
痛い、いたい。フレア、いたい、君といたい/君はいない

血は赤い、血は黒い、兄、はいなくなったどこにもいない行ってしまった真夏
の蜜柑、紡錘形の果肉、そのひとつぶひとつぶを透かして見ると船に見えた連絡船だ
兄、と堤防から、しょんべんをした
波は引潮、あわあわと退いてゆく、僕たちのしょんべんも夕陽へといつかは流れ着く
堤防のコンクリート、足元を洗う貝殻どもは骨のように澄んだ音をたてる、しゃらん
僕たちは海の藻屑だ
海んなか
雪んなってとんでけオシッコ、さっきまで連絡船で揺られていたから、よ、あに。
ゆらゆらゆらゆら動いていない地面が変だ、あはは。
今日はつごもり、でし。
ざいりょう、まわし、でし。親方ぁ
あに、よぉ。しごと、もどるよぉ

黒いレモンのペンダント、少女は喪服で堤防に腰掛ける麦藁帽子夏蜜柑マスカット
汗はしょんべんと同じだ、
なんで、そんなに、あに、のしょんべんはコーラみたいに
チャコールな、血尿、なんだ?
あに、よぉ。
ビールはお茶みたいだよ、昼にしようか、
亡霊の君は黒い点になってもうあんなに遠いテトラポッドの上でひとりぽつんと
うずくまる君のペチコートを翻すレモン色のフレア、フレア、フレア

目を閉じて果汁に濡れた君のくちびるを想う
僕を喪服の膝枕で抱き締めながら、君は
夏蜜柑のひとふさを笛のようにくわえ甘皮を剥いて口一杯頬ばりながら
紡錘形の張りつめたひとつぶの果肉をオレンジ色の涙みたいに頬でつぶしてみせて
くぐもった声で「おいひい」と笑った。


太陽には権力の匂いもする
君も兄も僕も果汁もマスカット・グリーン/ブルー・オレンジ/チャコール・レモン
しょんべんみたいに泡立ちて
まざっちまった、かなしみに。


--すぐ済むから。


骨みたいにしゃらんしゃらん波に揺られてささやく貝殻たち
堤防の足元から照りかえす太陽のフレア
死はぴちゃぴちゃと波に姿を変えて爪先よりももっと下から舌なめずりをしている
太陽の蒼い炎だ
君は喪服で
あに、と僕と一緒に座っていた。
あの堤防のさきっちょで
黒いレモンのペンダントをして笑う
僕は君の
マスカットの汗を見つめていたエメラルドからチャコールの膿/海に視線は流れる
汗も涙も、「ボストン茶海事件」っぽく混ざり合って歴史、みたいなウソになって
しまうのはイヤなんだ

君は喪服で
ノーブルで残酷で太陽みたいに誇り高くちょっと舌ったらずで黄色くはにかんだ
ように歯を見せて
首飾りは黒いレモン、ああ、大きくなってゆく君の黒いレモンはもう
ラグビーのボールみたいでそれでも君は軽やかに堤防から身を踊らせて海面に
鏡の界面に立つ。
骸骨みたいに細く白く喪服の君は大きな黒いレモンの首飾りをして小首をかしげる
何か言わなければ、最後、なんだから。
僕はドギマギしてどこかのフォークシンガーみたいに間の抜けた問いかけをしてしまう
そんなバスケットボールみたいな黒いレモンを、首からぶらさげて歩いていると
おまわりさんに呼び止められたり、しないかい?

君は夕陽に向かって海をすべるように歩いてゆく、あに、もいつのまにか君の
うしろを歩く同伴者の一人、だ
兄貴は行ってしま、う。
わかっていたことだふりかえる二人はやさしい
ドクロの笑みをたたえて、ああ
世界はこうして黒いレモンから生まれたんだ
黄色くはにかんだ心で祝福しよう涙は柑橘系のしぶきをあげる僕の頬は
柔らかい防波堤だ
足元で
死はぴちゃぴちゃと波に姿を変えて爪先よりももっと下から舌なめずりをしている
太陽のフレア、なんだ。


鏡の間/海の道/再び路上で待つ/君とフレア、いたい/これで最後だ
君の名は?と投げかけると、君の、歯は笑って
あなたは?ね?、と、僕に聞き返したんだろう?ホントウは。
でも僕には
アントワネット、と、確かに聞こえたんだ

マリー、マリー、マリー、許し給え、聞こえる、波の音じゃないあれは
君の首飾り、黒いレモンを輪切りにしてギロチンが
重い鈴のようにおごそかに落ちて来る!
柑橘系の果汁が膿のようにでろりと溢れ首のない君は誇り高く拍手と罵声を浴びる
海鳴りのようにひとびとは足踏み鳴らす騒々しい船幽霊たちよ
兄は君の手をしっかりと握り締めている水死体のように蒼くろうたけて刃の首飾り
黒いレモンを半分ずつスクウィーズする兄、妹、の
足元で
死はぴちゃぴちゃと波に姿を変えて爪先よりももっと下から舌なめずりをしている
太陽の蒼い炎だ


----君は喪服でフランス人形みたいに愛くるしくて
黒いレモンのペンダントをしていた
泣いていた。
僕はちっぽけな貝殻で、海の藻屑で
君は喪服で
黒いレモンのペンダントをしていたんだ。
キスはプラズマ
傷、はジオラマ
ふれあいたい。フレア、痛い。いたい、君といたい。手を、つなぎたい。
彼女にはウツクシイ死のスコヤカサがあると僕は兄と話したことがある。


太陽は今すべて黒点に覆われフレア
スピキュール/ワルキューレ/ペチコート翻してオーロラ/兄をつれてゆく君
フレア、痛い、
僕は君に、ずっとふれていたかった。死の妹よ
ふれあいたい、マリー、「赤と黒」、断頭台にレモンを置いて死を呼吸して
真新しい喪服に着替えよう
みずみずしい朝の輝き/ノーブルなプロミネンスに焦がされて生まれ変われたら
フレア/フロイ/光


太陽は権力の匂いがする
黒いレモンを噛む首だけの君は王権の果実
ギロチンの刃に輪切りにされてもなお誇り高く微笑んで
喪服を体ごと脱ぎ捨てた君はレモン・イエローに輝くフレア、
ふれあいたい。フレア、痛い。いたい、君といたい。手を、つなぎたい。
フレア、フレア、フレア、フレア!!


「アインシュタイン交差点で待つ
/ノーブルなプロミネンスに焦がされて兄とともに死ね」



レクイエム
レモン、

ひかり。



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---世界中の、僕たちのマリーへ。妹へ、そして兄貴、へ。---
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【注】
スピキュール(spicule)    太陽の彩層から針のように突き出て見えるガス体

フレア           黒点上空のコロナの磁場に蓄えられたエネルギーが、
              短時間のうちに解放される現象

プロミネンス        コロナは主として高温のガスで構成されているが,
              低温のガスが凝縮した領域 も存在する.日食の時に赤
              くドーム状に輝いている領域がこれでプロミネンスと
              呼ばれる.

★太陽について参考にしたURLなど
http://hawk.ise.chuo-u.ac.jp/student/person/knakamur/syuusi3/syuusi3.html
              平山 淳「太陽」現代天文学講座 恒星社 1981
http://www.coara.or.jp/~sekizaki/taiyou/taiyou.htm
http://www.shokabo.co.jp/sp_opt/top.htm

ボストン茶会事件      
(Boston Tea Party)

イギリス本国は 1773年には、当時経営難に陥っていた東インド会社を救済するために
茶法を制定し、東インド会社にアメリカ植民地への茶の直送を認め、茶の独占販売権を
与えた。この茶法は、当然植民地の商人に大きな打撃を与えたので、彼らと茶法に反対
する急進派の人々がインディアンに変装して、1773年12月16日夜、ボストン港に入港し
ていた東インド会社の3隻の船を襲って茶箱342箱を海中に投棄するという出来事が起き
た。これがボストン茶会事件(Boston Tea Party)と呼ばれる出来事で、アメリカ独立
戦争の導火線となった。

ラムダ項    アインシュタインは「定常宇宙論」を支持し、アインシュタイン
        方程式に∧(ラムダ)項を付け加えた。しかしエドヴィン・ハッブル
        の「拡張宇宙論」は∧項を削減した。アインシュタイン自身も「生涯
        最大の誇り」と言った。しかし最近の研究で∧項は復活した。

        天才と教育(I):アインシュタインの脳
        Genius and Education : Einstein’s Brain
        杉 元 賢 治
        http://www.southwave.co.jp/swave/ediget/report/brain01.htm

ワルキューレ  北欧神話の主神オーディンの娘であり、忠実な部下。軽装の鎧に兜
        や円盾で身を固め、天駆ける馬に乗ってオーディンの命令を遂行す
        る。その姿は非常に美しく、光輝くほどだという。オーロラは、ワ
        ルキューレの鎧の輝きが北の空に反射したものだともいう。 ワキ
        ューレという単語には、戦士を運ぶ者という意味がある。これは、
        彼女たちの仕事である、戦場で雄々しく戦って死んだ英雄の魂を運
        ぶことに由来する。

参考url(幻想図書館)
http://www.asahi-net.or.jp/~QI3M-OONK/tosyokan/fantasy/w-valkyrie.htm

【コメント】

本作品は、
第二回詩のボクシング三重大会決勝の即興詩から生まれた。
詩のボクシング全国大会において、もし決勝に残れたら、
この『レクイエム・レモン/ひかり』のshort versionを読むつもりだった。
全国大会前日、都内某所にてスパーリングを敢行。その場で初披露。
そして、2002/8/11、リーディングイベント
「PO E DA SHI 4」 名古屋今池 TOKUZO にて朗読

【Thanks to】(敬称略)

鈴木吉郎 (あに)
川村明美 (妻)
中村なをみ (妹)
若林真理子 灰谷健次郎 メリーゴ−ランド スタッフの皆さん
松本きりり 大村浩一 イオン SHOWKO
伊勢志摩NPOネットワークの会  中村 元
世古ひとみ もりもとかおり 斉藤真理子
桑原滝弥 RADIO DAYS 石渡紀美 上田假奈代
梶井基次郎 スタンダール 泉谷しげる レイ・ブラッドベリ
Marie-Antoinette

映画「マリー・アントワネットの首飾り」(原題)THE AFFAIR OF THE NECKLACE
2001/米国/日本ヘラルド   (監督)チャールズ・シャイアー

「アインシュタイン交差点」サミュエル・R・ディレイニー   早川SF文庫

etc etc 数えきれない、大切な、それぞれへ、感謝を込めて。

【初出】2002/08/21 →FCVERSE Mes(1) 赤の部屋 nifty:FCVERSE/MES/01/5499




自由詩 『レクイエム・レモン/ひかり』 Copyright 川村 透 2003-08-14 16:07:55
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