カラスは空にいない

空が青いから
僕は屋根を焼く
焦げて崩れたその隙間から
青かった空を覗く
思うほど息苦しくもない午後
崩れた屋根は既に屋根ではなく
いつまでも煙を空へと飛ばし続ける

僕は灰空を見るのを止めて
崩れない壁に埋め込まれた窓の外を眺める
一秒遅れで景色を見る人の群れ
一羽のカラスが微笑みながら
一人一人に挨拶をして回っている
返事はあるのかないのか
ここからでは何も聞き取れないが
表情の移り変わりがあるのは確かだ
それがどんな感情を表すのか
僕にはわからない
わかるのは空の色だけらしいと
いつ気づいたかも覚えていない
群れの色は目まぐるしく変わり
カラスは微笑みを絶やさない

革靴が焼ける匂いに気付き
僕は足元へと視線を向ける
じっと見つめる という作業だけは
大分上手くなった気がしていた
が、結局は自分ということらしい
屋根だったものに残る熱がすぐそこまで来ている
煙と靴底が空へと昇って行く

僕はもう一度外に目をやり
静かに人の群れを確認する
わからないということを確認する
視界の片隅に写るカラスの
最後の一人との挨拶を終えたその首が九十度回り
こちらへと向けられる
ひと呼吸置いて
落下したビー玉の音が届くように
窓を開けろと言うのが聞こえてくる
何故その声がここに届くのか問いかけるが
返事は無く
カラスはこちらをじっと見つめる
ただひたすらにじっと見つめる

開けてしまったその窓へと
煙は流れるように向きを変えて
四角い枠を覆いながら外へ出て行く
崩れない壁しか見えなくなった僕が
隙間から見上げた空に
どうしようもない青がまた広がる

カラスは
いつまでも入って来ない


自由詩 カラスは空にいない Copyright  2007-04-01 23:25:00
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