白山羊さんからの手紙
はじめ
間違って配達されたのが原因だけど君から手紙が届いたのが始まりだよ 手紙の最後に君が好きな人宛に書いた詩が載っていたよ とても感動したよ
僕は他人宛の手紙だと知りつつも何百回も詩を読み返したよ そして熱い 掌で包み込めるような光を放った想いに涙を流したよ 何リットルも何リットルも
手紙は涙でぐちゃぐちゃになったよ 気が付いた時にはインクで書かれた文字は滲み過ぎて見えなくなったよ
僕はその時詩を書くことに意味を無くしていたから なんて言うのかな なおさら読み返してしまったんだ
僕はその手紙を郵便局に持っていった そして「間違って読んでしまって 感動し過ぎて涙でぐちゃぐちゃになってしまったのでこの手紙を書いた方に謝りたいんですけれど」と言った すると局員さんは「白山羊さんと黒山羊さんの話みたいですね。よろしいです。いいでしょう」と答えてくれた
僕は君宛に手紙を書いて送った まだ電話の発明されていない時代だったから 君はここから遠い国に住んでいた すると数日後に君から返事が返ってきた
そこにはこう書かれていた 「そうですか。ならしょうがないですね。宛先人は私の恋人なんです。何処をどうやったら貴方の元へ届くのか分かりませんが。わかりました。また彼に手紙を書きます。それと、私の詩のことを褒めてくれてありがとうございます。まだまだ未熟者ですが、これからも頑張って書いていこうと思います。この度はどうもお騒がせしてすみませんでした。それでは」
その後は何の変哲もない平穏な日々が過ぎていった ただ僕は君が書いた詩に心を奪われていて 丸暗記してしまっていたので紙に清書して毎日それを眺めていた この詩を書いた君はどんな女性なんだろう そんなことばっかり考えていて夢にまで顔の無い君が毎夜現れたりした そして僕も少しずつであるけれど 詩をまた書き始めた
ところがある日 君から今度は正式に僕宛に手紙がやって来て ここにはこう書いてあった
「お久し振りです。突然手紙なんか寄越してしまい大変申し訳ございません。私の詩を読んで深く感動して下さった貴方だからこそ、どうしても伝えたいことがあります。実は、私の恋人があの書き直した手紙が届く前日 戦死したとの知らせを受けたのです。私は最初は何のことだかさっぱり分かりませんでした。しかし、少しずつ現実を受け止めていくうちに、心の底から悲しみが溢れてきて、私は絶望の底へ突き落とされてしまいました。何も、貴方を責める為に手紙を寄越したのではありません。ただ、本当の真実を貴方だけに伝えたくなったのです。決して自分を責めないで下さい。これは運命だったのです。彼は昔私と同棲していた頃、何よりも私の詩を読むのが生き甲斐となっていました。そして、戦地へ赴いた彼へ私ができる最高の詩を作って送ったのです。しかし、その手紙も彼の元へ届くことはありませんでした。私は、彼が死んだ悲しみよりも、彼に私の詩を見せることができなかったことの方が悲しいです。こんな話、赤の他人の貴方に伝えるなんて、私、どうかしちゃってますよね。けど、この手紙を貴方に送ることによって、悲しみを埋めることができるんじゃないだろうかと思ったのです。私の詩に共感してくれた貴方なら、ずっと私の詩を読むことを喜んでいた彼も魂が神様の元へ迷うことなく辿り着けるし、安心できるんじゃないかと思ったのです。…長々と長文、すみません。もう私は詩を書くことはないでしょうけど、貴方に手紙を書く力が残っていて良かった。最後に、最後の力を込めて、彼への鎮魂の詩、餞の詩を書き記そうと思います。ぜひ貴方に、読んで頂きたいです。神様の元から、彼の魂も一緒に読んでくれるかもしれません。それでは、本当に有り難うございました。では、さようなら」
私の燃え尽きた心を貴方の死は激しく掻き回す
煤や灰が飛び散り 私の全身を黒く汚す
貴方が太陽のように微笑んで生きていた頃を思い出します
私はこんなに絶望に犯されているのにふっ と笑ってしまう
私はこれから貴方の後を追おうと思います
何も無くなってしまったこの世界で 私は何をすればいいと思うの!!
貴方の死は私から何もかも全てを奪ってしまった
今の私に残っているのは遠い貴方との思い出だけ
今の私に残っているのは遠い貴方との思い出だけ
僕は大量の涙を流しながら君からの手紙を読み終えると 封筒の裏に書いてある君の住所を見て手紙を握り締めて外へ飛び出した
何日間も汽車を乗り換えて君の国へとやって来た そして君の家を見つけノックもせずにドアを開けると美しい君は包丁で首を切ろうとしていた
僕は「留まるんだ!!」と叫び包丁を落とし頬を叩くと「僕のせいだ。頼む、許してくれ」と泣きながら言った
君は一瞬で全てを悟ったようで 大粒の涙を流し 僕に抱きついてきた
僕達はそのまま抱き合い 永遠という時間に身を委ねた 数年後 僕達は結婚し 君は昔の僕と同じように再び詩を書き始めた 毎年子供と孫を連れて彼の眠っている故郷に出向き みんなで書いた詩をお供えして神様と彼の魂に向かって深くお祈りするのだ