戦え!青ちゃん
川口 掌


曙興産営業二課の青野君29歳は今年入社三年目を迎えた。社内で彼はみんなから青ちゃんと呼ばれている。彼、青ちゃんは世界の平和を守る為に、日夜命を懸けて戦い続けようと心に誓ったばかりである。

先日は甥っ子の翔太君5歳が、青ちゃんの大切な顧客リスト(と言っても営業先の事務員さんの名前と年齢、確認の取れているTEL番及びメルアドが列記されてるだけなのだが)にオレンジジュースを零してしまった。青ちゃん怒りの鉄拳が翔太君の頬を襲った。
「そのオレンジジュースはお百姓さん達が丹精込めて大事に大事に育てた蜜柑で出来ているんだ。それにその蜜柑を搾ったりビンに詰めたり、本当に沢山の人達の愛情と努力で作られているんだぞ。それを零すなんて、オレンジジュースを作ってくれた全ての人達に謝りなさい!」
心の中で叫んでいる思わず手が出てしまった本音を隠し、如何にも尤もらしい説教をする。翔太君は、言われた事が判っているのかいないのか、それは定かでは無いがとにかくうなだれ泣き始めた。
「やった!この勝負、完全に俺の勝ちだ」
そう思い泣きじゃくる翔太君を部屋の外に出し勝利の余韻に浸っていた。その時、翔太君の泣き声を聞きお姉ちゃんが、青ちゃんの部屋に入って来る。新たな敵は翔太君の様な生易しい相手では無い。何しろ生を受けて29年、未だに一度も勝利した事が無い相手だ。
「幸伸あんた翔ちゃんに何やったの!?」
その言葉が終わるか終わらないかで、辺りにあった現代詩手帳や詩集が手当たり次第に青ちゃんに向けて投げ付けられる。反撃に転じる暇もないまま次第に部屋のすみに追いやられ、ただただうずくまりお姉ちゃんが去るのを待ち続けた青ちゃん。長い忍耐の時を経てやっとお姉ちゃんが立ち去り、平和な時が訪れた。しかし、そこには青ちゃんの姿は無く、部屋の奥で残像すら消えた青ちゃんの零した涙の跡だけが青く滲んでいる。
夕暮れにオレンジ色に染まる彼の部屋の中で光の届いていない部分、そこで青ちゃんは深く深く落ち込んでいた。自分自身が虚しかった。情けなくてしょうがなかった。身体中に投げ付けられ突き刺さった詩集の詩人達の声が、ずきずきと染み込んでくる。 青ちゃんは身体から詩集を引き抜きぱらぱらと詩人達の声に耳を傾けた。
(そうだ。これからは自然の息吹に耳を傾けよう。天の声に逆らわない様にしよう。)
「世界平和の為に命を捧げる!」
そう叫び立ち上がった。
窓辺に立ち、夕陽を見つめ静かにうなずく青ちゃんの姿は、どこか自信に満ち溢れているように見える。




自由詩 戦え!青ちゃん Copyright 川口 掌 2007-03-31 02:45:44
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