閉じられた世界
新井蜜

石鹸のなめらかな泡をたてて
顔を洗うとき
庭を凍った光が照らし
月面車が路面をこする音のような
タイヤの音の向こうを
電車が北へ走る

ひよどりが横切る一瞬の
黒い影の気配とともに
蒼白な仮面を残し きみは
どこへ行ったのか

夜空を焦がす炎が火の粉を降らせるなか
二人で歩いた川沿いの道を通って
海辺の町へ行ったのか

海岸に打ち寄せる波がテトラポッドにくだけ
二枚貝の殻を堆積させる
あなたと住んだ日々の記憶は粉々になり
黄砂のように飛び散って行く

やわらかい雨が降りはじめ
屋根を黒く濡らすとき
廃品回収車が回ってくる 
庭の木々を打つ雨の音を静かに聞きながら
昨日のきみの言葉を反芻する 

窓の外の洗濯物は
みじろぎせずに立たされている
生徒のようだ きみは
迷彩服を着て森の奥に隠れているのか

桜の季節は遠い

花粉が飛び低気圧が発達して
移動して行く先には
誰もいない島があって
船を着けることのできない岸壁を越えて
南の空へ飛んで行ったのは
つばめだ

宇宙の片隅から
大きな手を伸ばし
離れて行こうとするものを
つなぎとめなければならない

この眠りから覚めたら
白く乾いた砂浜を通って
きみを探しに行こう

世界は閉じられてしまったのだから


自由詩 閉じられた世界 Copyright 新井蜜 2007-03-30 22:14:12
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