象殺
はじめ

 大粒の涙でメーキャップが滲んだ道化師
 大泣きして顔は物凄まじく酷い
顔に大量の黒い縞ができていて 顔だけ牢屋に入れられているように見える
 明かりの点いていない参加者専用の楽屋で黒のステッキを落とし 前屈みになりながら今も大量に涙を流して泣いている
 恋をしていた同じ大道芸人の道化師の女性が 昼間の象の見せ物をやっている隣でショーをやっていた途中に象に踏み潰されてしまったのだ
 すぐに医務室に運ばれたが 懸命の治療も空しく 女性は亡くなったのだ
 象は何食わぬ顔で鼻で黄色いフラループを回して観客を笑わせている
 一番奥のこの狭い楽屋までにさえ外の歓声が聞こえてくる
 メーキャップが口まで流れてきて 黒い唾を床に吐いた 道化師は顔を上げ 深く溜め息をついて 涙が零れるのを我慢した
 左向こうの全身鏡に道化師は顔を映した 酷い顔だな… と心の中で呟いた もうすぐ出番だと言うことに気付き 慌てて顔を洗った ふと顔を上げて鏡を見て端正な顔つきを見ると余計に悲しくなった そしてメーキャップを造り直した
 会場は観客で満杯だった 裏口から道化師はそれを見ると性分なのか だんだん元気が湧いてきた しかし道化師は悲しみの淵に飲み込まれたままだった
 舞台裏にはあの好きな女性を殺した象が鼻でバナナを取って美味しそうに食べているのが見える その光景を見ると象に殺意を覚えた 道化師は何処からか持ってきたのか猟銃を手に持って象の所まで来ると猟銃を構えて象を撃った
 すると象は静かに傾いて地面に倒れた 銃声が聞こえたことで観客が大騒ぎし サーカスの座長が走ってきて 「お前がやったのか?! ここからすぐに出て行け!!」と言われ 道化師はメーキャップを外しテントを後にした
 太陽はとっくに沈んでいて 星が綺麗に瞬いていた 道化師は荷物をステッキにかけ肩に乗せて口笛を吹きながらとぼとぼと夜道を歩いていった 明日になればまた灼熱の太陽が昇ってくるだろう


自由詩 象殺 Copyright はじめ 2007-03-30 05:51:58
notebook Home