車内の隣人
服部 剛
喉が渇いたので
駅のホームのキオスクで買った
「苺ミルク」の蓋にストローを差し
口に銜えて吸っていると
隣に座る
野球帽にジャージ姿のおじさんが
じぃ〜っとこちらを見るので
僕は少し眉をしかめた
「苺ミルク」を飲み終えると
隣のおじさんが手にした時計が
( ぴんぽーん・9時ニナリマシタ )
と大声で知らせたので
ふたたび僕は眉をしかめた
電車が三駅目に停車すると
おじさんは立ち上がった
手にした白いステッキを頼りに
とんとんたたきながら
雨水で濡れた床に
少し足を滑らせ
開いたドアからホームへと
溝をひょいとまたいで
ぎこちなく降りていった
電車のドアが閉まった
手にした本を開いたまま
なにもできず
曇りガラスの向こうに消える
おじさんの後ろ姿を見送っていた
盲目なのは、僕だった。