回廊
アンテ


いつの頃からだろう
頭のなかにたくさんの人たちが住みついて
入れかわり立ちかわり
わたしの人生に口を出すようになった
彼らはわたしの考えなどお見通しで
先回りして道を整備したり
背中を押してくれた
朝になるとちゃんと起こしてくれるし
泣きたい時は
ひとりでほっておいてくれた
彼らに従っていれば
たいていのことはうまくいった
わたしなんていなくても大丈夫だ
と思った瞬間
顔のない人たちがどやどや押しかけてきて
わたしを拘束して
薄暗い部屋に押し込んだ
扉が閉ざされて
鍵のかかる音が響いて
それきり静かになった

  近所のカナコさんは
  凧の糸のようにこんがらがった
  物事や気持ちを
  いとも容易く解きほぐして
  ほらね と差し出してくれる
  とても手際よく
  とても自然に
  わたしの記憶に触れる手の
  繊細な動きを見ているのが好きで
  別の生き物みたい
  って言うと
  カナコさんは本当に嬉しそうにうなずいて
  わたしの頭を撫でてくれる

部屋というよりも
長い長い回廊だ
無数の扉が壁にならんでいて
試しにノブを掴んでみても
どれも鍵がかかっていて開かない
扉にはそれぞれ小窓があって
覗き見ると
どの窓の向こうにもわたしが一人いて
友達や家族や知らない人たちと一緒だ
どのわたしもとても楽しそうで
おおい
どれだけ呼んでみても
だれもわたしに気づかない

  クラスメートのヒロコちゃんは
  まわりの人たちの形を
  こっそりと作りかえて
  役に立たない仕掛けを付け足して
  みんなを楽しませる
  実のところ
  被害者もくすくす笑ってしまうような
  他愛ないものばかりだ
  懲りずにぺろっと舌を出す
  しぐさが好きで
  そんな時
  いつかわたしの形も
  作りかえてほしいと思うけれど
  ヒロコちゃんには
  まだ言ったことがない

思い出したように
扉のひとつが開いて
だれかが回廊に入ってくる
彼(あるいは彼女)は物珍しそうに
あちこちを叩いてみたり
匂いをかいだりして
なにもすることがなくなると
同じ扉から出ていく
近くの扉のときは
言葉を交わし
時には意気投合して
しばらく一緒にすごす
けれど最後は同じ
彼(あるいは彼女)は出ていって
扉はもとどおり閉ざされて
小窓にカーテンが引かれる
またひとつ
向こう側の見えない扉が増える

  幼なじみのマユコちゃんは
  わたしの気持ちなどお見通しで
  一緒に泣いたり笑ったりしてくれる
  時々は
  お料理番組みたいに
  先回りすることもあるけれど
  そんな時はちゃんと
  最初からやりなおしてくれる
  しばらくすれ違ってばかりで
  久しぶりに逢うと
  わたしの話を何時間でも聞いてくれて
  泣いたり笑ったり
  二人して顔がぐちゃぐちゃになって
  でもまあ
  元気になれてよかったねと
  最後にマユコちゃんが言ってくれると
  たいしたことじゃないと思えてくる

ごくまれに
回廊全体がぎしぎし軋みだして
そんな時は
目と耳をふさいでやりすごす
それを除けば
普段の回廊はとても静かで
気がつくと
独りでも平気だと思っていることすらある
だれかが扉を開く間隔が
少しずつ長くなって
次はもうないかもしれない
彼らに見捨てられても
わたしは存在していられるだろうか
膝をかかえてじっとしていると
身体の熱が床にだくだく流れて
冷たくなっていく
なにも感じなくなる

  独りぼっちのユミちゃんは
  時々わたしの傍にやってきて
  同じように膝をかかえて
  同じようにしょんぼりする
  なにをしゃべればいいか判らなくて
  手をつなぐと
  びっくりするくらい冷たくて
  けれど指で擦っていると温かくなる
  そうしていると
  カナコさんやヒロコちゃんが訪ねてきて
  話をしているうち
  ユミちゃんが見当たらなくなっていて
  謝らなければならないのに
  次に逢うと
  やっぱり
  なにをしゃべればいいか判らない

そう
今ならまだ
間に合うかもしれない
だれの名前でもいい
本気で出ていきたいなら
たった一言
叫ぶだけなのに
どうしてわたし
声が出ないんだろう

謎解きが好きなカナコさん
厳しく叱ってくれるタカハシさん
悪戯が好きなヒロコちゃん
気分屋のリリちゃん
傍にいてくれる人は
いくらでもいる
いつも慰めてくれるマユコちゃん
マイペースなタカシくん
しょんぼりしているユミちゃん
なにを考えているか判らないツキくん
みんなが
嫌がらずに付き合ってくれた理由
なんて考えたこともなかった

かすかな音
不意に鍵がはずれる
扉がきしむ

一歩進んで
そっと目を開けてみる
うす暗い
はじめて見る場所だ
長い長い回廊
壁にそって
同じような扉がならんでいる
暗闇の向こう
だれかがうずくまっている
小さな身体が震えている
歩み寄って
手を伸ばして
でも 触れられない
なんて言えばいいんだろう

振り返ると
開いたままの扉

いったいわたしは
なにを伝えたかったのだろう




自由詩 回廊 Copyright アンテ 2004-04-24 23:12:04
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