井戸
アンテ
男はもう何日も水を口にしておらず
這々の体で村へたどり着いた
中央の広場には煉瓦を組み合わせた立派な井戸があって
水がいっぱいに溢れていた
男が早速つるべで何度も水をくみ上げては
勢いよく飲み干すうち
井戸はすっかり干上がってしまった
お腹がいっぱいになって蹲っていると
水をくみにきた村人の一人が気づき
騒ぎはあっという間に村じゅうに広まった
村人は男を取り囲んで口々に罵り
拳で殴りつけるたび
男の全身から飛沫が飛び散った
すると地面のあちこちから芽が出て
みるみる成長して樹になり
よく熟れた果実が無数に生った
村人が喜ぶ間もなく
男はすっかり痩せた身体を起こして樹に登り
果実を片っ端からもぎ取って
種も残さずに食べつくし
お腹がいっぱいで動けなくなった
村人は男を取り囲んで口々に罵り
足で蹴りつけるたび
男の全身から血が飛び散って木々を濡らした
すると木々の合間から無数の動物が姿を現し
村じゅうを所狭しと駆け回った
村人が喜ぶ間もなく
男はすっかり痩せた身体を起こして
動物を片っ端から殺して
骨も残さずに食べつくし
お腹がいっぱいで動けなくなった
村人は男を取り囲んで口々に罵り
身体をバラバラに切り刻んで殺してしまった
すると肉片はみるみる育って人間になり
彼らは村人たちを片っ端から捕まえて
一人残らず食べてしまった
彼らはみな男によく似ていたが
一人としておなじ顔はなく
みな満足そうにお腹をさすりながら
好き勝手な方角に歩き去った
村から人の姿が消えてしまっても
生い茂った木々は
ときおり思い出したように風に枝を揺らし
いつの間にか住み着いた動物たちが
井戸のまわりに集い
おいしそうに水を飲んだ