夢(サダム・フセインの)
たもつ
フセイン、昨晩おまえの夢を見た
おまえは壇上から民衆に向かって演説をしていた
それはおまえの国の言葉なので俺には聴こえなかった
サダム・フセイン、俺がおまえの夢を見ているとき
おまえは俺の夢をみていただろうか
心配しなくてもいい、俺は演説などしない
フセイン、今朝、おまえが最初に目にしたものは何だ
聞いた音は何だ
嗅いだ匂いは
何だ
時計代わりの携帯のチャクメロで俺は今朝も目が覚めた
最初に目にしたのは朝の闇、そしてディスプレイ
最初に嗅いだのは自分の小便の匂いだ
ここは何も変わらない
サダム・フセイン、おまえはもう
おまえの国の人々やおまえの国ではない人々が苦しむ姿を見ていないだろう
叫びを聞いていないだろう
いや、もしかしたら見ているかもしれない、聞いているかもしれない
俺と同じテレビジョンの中
そこでは血と火薬の匂いだけがしない
フセイン、おまえにはおまえの正義がある
合衆国には合衆国の正義がある
俺の国には俺の国の正義があって
俺には俺の正義がある
正義?そうだ、正義だ
すべてのことは正義の名のもとに行われている
正義の名のもとに侵略が行われ、人が殺戮され、別の正義が駆逐される
俺は俺の正義の名のもとに守るべきもの守らなければならない
サダム・フセイン、おまえが駆逐した正義は何だ
駆逐されたおまえの正義は何だ
俺は押し寄せてくる正義の波に溺れている
もしかしたら俺の正義のためにどこかで誰かが死んでいるかもしれない
そんなのはつまらない感傷だ、とおまえは笑うだろう
フセイン、今日の俺は弱い
フセイン、おまえが俺のことをしらないのと同じように
俺は採集した昆虫のことを図鑑で調べる程度にしかおまえのことを知らない
もし俺たちが死んだら
神様を信じているおまえと神様を信じていない俺は別のところに行くのだろうか
違う正義をもつ俺たちはわかりあえないのだろうか
サダム・フセイン、もし電車の席に座っているおまえの目の前にお年寄りが立ったら
おまえは席を譲るか?
雨に濡れている人がいたら傘を差し出すか?
おまえと俺の正義は本当に違うものなのか
そんな簡単なことをおまえに聞きたい
今日の俺はとても弱い
そう言っている間にも、おまえも俺も知らない誰かが血を流し
俺たちは正義の名のもと、無邪気に許しを乞うている