セブンスター・ライツ
高田夙児



   (あらあなた 見かけより ずっと吸うのね 春の夜)


    彼女は胸から乳を搾り出さないのかな、と
    思いながら向かいで飲んでいた女を見ていた
  
    僕の隣にはさっきからなんだかよくわからないことを
    しゃべり続けるDがいる Dは少し興奮していた
    夜中に突然家に来たDは僕を飲み屋へ連れ出して
    今ここにいるわけだけど
    ざわざわとうるさいこんな場所で
    僕は何もすることがない
    
    見つめる女のセーターの乳首の部分が濡れたりして
    じわじわと白い液体が赤いセーターに広がっていくような
    温かさ 女っていいよな と思う

    飲酒って手淫に似てない? 発音が
    Dが赤い顔をして言った ああこれも赤か
    僕は取り上げたフライエッグを飲む
    おい似てるよなぁ! Dは僕の首筋を撫でて笑った
    まあ・・似てるんじゃないスか
    僕は答えた そうじゃないとこのまま襲われそうな気がした
    Dは僕を犯すことが現在の目標なんだと
    昨日Bが言っていたことを思い出した

    Dってショーン・マッキーに似てるよね 
    僕は言った
    向かいの女は一緒にいる女と本当に
    幸福そうに笑っていた
    それ誰?
    Dが嬉しそうに言った そんなの知らねえよ とは
    口に出さずに Dを見て続ける
    セブンスター・ライツがすごく好きなハリウッドの俳優だよ
    おお! お前と一緒じゃないか! あれ?でも
    俺と似てるんだよな 顔か?顔か?
    きっとショーン・マッキーはセブンスター・ライツの
    煙でいっつも顔には膜がかかっているみたいで
    誰も素顔をみたことがないんだよ なんていう冗談が
    Dに通じないのは知っていたから
    僕はまた適当に言った

    女が幸福そうにしているとき
    僕らはいつでも また僕らも幸福だと思う
    それほど女は美しいんだ
    あるいは美しくいてほしいんだ
    と 僕らは思う

    Dは曲がったような唇で僕の不快感を誘う 
    酔ったDはなぜか手淫の匂いがする
    BがDのことを話すときいつも小馬鹿にしたように
    笑うことも僕には不思議ではなかった
    そういえば彼は3年前まで入院をしていた
    毎日見舞いに行くと
    病院の個室で彼は一人つまらなさそうにテレビを見ていた

    けたたましい音をたてて女が笑っていた
    あちこちで女の笑う声がしている気がする

    夏がくれば僕もあんなふうになれるのかな
    そう思って 僕はDに断って
    トイレに立つふりをした
    Dは きっと僕の言い方が悪かったのか
    すっと遠くを見て眼を瞬かせた

    歩き出した僕はわざと目の前を過ぎた赤いセーターの女の
    盛り上がった胸元に向けて
    火を点けたセブンスター・ライツの煙を吐きかけた
    階段を上がって扉をあけると
    夜の冷たい空気が煙と一緒に咽喉に入ってきた
    僕は昔 好きだった女の言葉を思い出し
    残してきたDを少し思って 唇を噛んだ
  
    
  


   


自由詩 セブンスター・ライツ Copyright 高田夙児 2004-04-20 23:32:12
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