お百度参り
なかがわひろか
一人の女
残す素足の跡が
雨路に流れる
長い黒髪
滴る水音に
そっと耳を澄ますのは
女がまだ止まぬ証か
一人の男
年老いた男
女の後姿に
己を重ねる
空に散った友よ
知らぬ国の土に還った、肉片よ
我は思う
我は忘れん
皆の雄姿を
一人の少女
死を知らぬ未だ幼き少女
然れど弟の泣き声に
ただならぬ悲壮を見たか
買って貰ったばかりの傘
それでも水に濡れる肩を知る
少女はまだ分からない
今は知らないままでいい
目を閉じ
雨音に泣き声をかき消せばよい
女のポケット
小石の擦れ合う音
しかし誰もが紛うだろう
この雨音と
しかし誰かが聞くであろう
女の音を
一人の紳士
雨に濡れることは
久しく忘れていた
女の足が跳ねる度
消えぬ思い出が胸を圧す
いつしか犠牲を厭わなくなった
母は死んだ
それだけのこと
雨は男の涙を薄め
男はそれを唯一の頼りとする
男の妻
犠牲の証
雨に涙を隠す夫
弱き男
初めて愛を知る
女はまだ走り、願う
人々はただそれを見守る
雨に濡れた長い黒髪
それはとても美しい
女はただただ、美しい
老爺
少女
紳士
妻
一人の女に集った者よ
女は何故走るか
女は何故止めないか
雨に濡れる女に
最早遅すぎた願いを
皆は祈る
(「お百度参り」)