こうして王さまは出てゆくと二度とお城には戻りませんでした。詩人アスフィールとメリサは略奪と悲鳴のつづく街をボロの服を着てさまよいました。
かしこで進駐するタルシンの兵に女たちがまとわりついて歩いています。
「やっとみつけた。かあちゃん、お願いだから家へ帰ってきてくれよ」
「とっととお帰りよ、わたしは勝手に生きるんだからさ」
「でも父ちゃん、病気なんだぜ」
「そんなの知らないよ」
はだしの少年が泣いていました。
「酷い。これが人のすることでしょうか?」
「寒空にうすい衣を脱がせば、簡単に人は人でなくなります」
「アスフィール、あなたもですか?」
「はい。きっとそうでしょう」
ふたりは魔法で姿をかえると、こんどは二匹の猫になってお城へ帰りました。
城ではすでに夕食がはじまっていましたが、やや遅れて入ってきたメリサには眼もくれず妃はしみじみと泣きながら不平をこぼしました。
「ではあなたはこのわたしよりもお国の妃の方が大切だと仰るのですね」
「泣かないでくれ。そうではない。しかし帰らねば民にすまない」
上座にはタルシンの国王がいました。
「よいではありませんか! もはやあなたさまはタルシンの国王ではなく、やがて全地の王となるべきお方」
メリサは座りかけて軽い咳払いをすると、
「失礼いたします」
そう言ってまた出てゆきました。廊下にはふざけあう給仕がいてメリサを見ても素知らぬふりでした。
「泣かないんだってよ、酷い女さ」
「妃とどっちがワルかな?」
立ち去りぎわにメリサはそんな声まで耳にしました。すぐ後からパンを上着の両のポケットにいっぱい詰めたアスフィールがメリサを追って走ってきます。
「王女、お待ちを」
「ああ。ごめんなさいアスフィール」
メリサはうんざりした顔を両手で隠しました。
「森へゆきましょう。永く人の住まない朽ちかけた小屋があるのを知っています」
「連れていってください。もうどこへでも」
やがて城をでてゆく馬車を、ランプを手にした門兵が止めました。
「いったいどちらに?」
侍従が窓から顔をのぞかせて言いました、
「なにすぐ戻る。王女様がお仕立てになった服をたったいま取りに行かねばならんのじゃ」
「妙だな。なぜ家来の者にとりに行かさないのだ?」
「そなたも知っておろう。前の王に仕えた者はほとんど全員追い払われてしまったわい。それにもしもお召し物にお直しがあれば、そこに王女様が居らんとまずいであろうが」
「ならばよし、行け」
馬車にはアスフィールのほかメリサの侍女も乗っていました。
「王女様は、爺と一緒に来られないので?」
町をだいぶ過ぎて侍従が尋ねました。
「この国を見捨てられないの」
「どうか御無事をお祈りしています」
「王女様、いつもお優しくしていただきましてありがとうございます。このご恩はけしてわすれません」
「わたしのほうこそ。サリー、たくさんの思い出をありがとう」
メリサは指輪を外しました。「これを・・・・他になにも出来なくてごめんなさい」
暗い森のなかの一本道をゆき、いつしか不気味な気配があらわれてはただよう闇のなかで馬車は停まりました。
「ここからは歩いてゆきます。おふたりともお幸せに」
「キャビンの灯かりをお持ちくだされ」
「ありがとう。爺」
侍女が小窓から顔をだすと、ただ小さくなってゆくランプの灯かりだけが見えました。しばらく見えていた灯かりもやがて ほんの小さな点となり、そのうちにまったく見えなくなってしまったとき、
「ああ!」
暗闇のなかで侍女は顔を両の手で覆うとむせび泣き出しました。
透かし模様の布を垂らした寝台に横たわり、胸元にいる黒猫のまるでビロードのような毛並みの背を撫ぜながら、
「いいかい。今夜はおまえが妃になるのだよ。たくさん我儘を言って王を困らせておやり。いひひひ・・・・。だけど夜明けとともに戻っておいで。そうでないとおまえも焼け死んでしまうからね」妃はすると姿を魔女へレンにもどし、「ジード!」 従者を呼びました。「蛙の籠を持ってきなさい」
従者はドングリを耳に入れ、指で拍子をとりながら窓際の椅子に腰掛けまるで音楽でも聴いているかのようなふりでした。「ジード! 聴こえているのかい?」
そこで魔女は花瓶を宙にとばすと従者の頭に水をこぼしました。彼は驚いて耳からドングリをはずしました。「やっとわかったのかい。この役立たずが」
「は、はい。ヘレン様」
彼はあわててやって来ました。
「あの蛙はどこだい? モナカイの蛙だよ」
「ええ。ここにあります」
従者は寝台の真下からそれを取りだし、透かしの布を捲ってヘレンに手渡しました。
「ああーん、蛙ちゃん。いい子にしていたかい? また役に立ってもらうよ。仲間を大勢ふやしてあげるからね」
それを聴くと籠のなかの蛙は咽喉をふるわせ、それまで閉じていた眼を一度おおきく瞬かせてみせました。
王女は底なしの沼のほとりに立ちました。ぼんやりとしろい靄がすでにふたりを包んでいます。アスフィールはランプをかざして沼の向こうに眼を凝らしました。木立にまざって荒(あば)らな家がその影をうっすらと闇にうかばせています。
「あれだ」
「足元に気をつけてアスフィール」
近づくと小屋のすぐ手前の木に、首を吊ってぶら下がっている骸骨がありました。夜なのでよく見えませんでしたが、骸骨は手に吹き矢の筒をにぎっていました。
「あまりお気になされないように。きっとどこかの旅人でしょう。それより王女様、こんな粗末な小屋で朝までおすごしになれますか?」
「はい。平気です」
「寝台はひとつだけあります。と言っても、すばらしく寝心地のわるい寝台ですが」
「でもアスフィールは?」
「まず火をおこします。暖炉もありますし」アスフィールはすこし身震いをしました。「森の夜は冷えますからね。ああ。ボクは大丈夫。野宿だって慣れているし、まして暖炉の傍だったら・・・・」
「うふふ、魔法で寝台のひとつやふたつ簡単に作れます」
「はい。そうでした」
アスフィールは小屋の扉をひらきました。
「ああ。家のなかはそれほど・・・・思ったほどではないですわ」
メリサはそう言いました。
「ちょっとした山荘といったところでしょうか。ほら、そこに椅子とテーブルもある」
手にしたランプを窓辺に吊るし、アスフィールがとぼけた調子で言いました。「寝台は屋根裏にあります。あと薪が外に・・・・」
そのとき、
「なにか感じる・・・・なつかしい記憶・・・・呪い・・・・」
とメリサが呟くさまをアスフィールは見ました。
「どう、されました?」
「いえ、大丈夫です。でもすこし・・・・」
「お疲れになったのでは。どうかすぐお休みになって下さい」
「ありがとうアスフィール」
沼のほとりから見ると灯かりのもれた窓辺にメリサの影がほんのしばらく映りました。
そこに黒い外套を着たメリサの母がいました。
「ああメリサ!」
母は溜息をつくようにかぼそい声を吐きました。
夜も更け、魔女は箒の柄にまたがり従者をよびました。
「お乗り。しっかりとわたしに掴(つか)まっていないと落っこっちまうからね」
従者は蛙の籠を片手でだいて急ぎへレンの背後に就きました。「行くよ、今からがお楽しみさ」
城の窓から魔女は箒に乗ってとびたちました。
森を見下ろして、魔女は底なしの沼のあたりに煙があるのを見ました。「ぐっすりとおやすみメリサ。朝起きたときもうこの国はなくなっているけどね、いっひひひ」
すでに魔女の家の庭に、森じゅうの這う生きもの、すなわち蛙(かえる)、蛭(ひる)、蜘蛛(くも)、蛞蝓(なめくじ)、蚯蚓(みみず)、蜥蜴(とかげ)、蛇(へび)、百足(むかで)の類があつまり蠢いていました。魔女はまっしぐらに森の一本道をとんでくると、やがて庭の地面すれすれをぐるぐる回りました。
「目覚めよ! 憎しみよ! 美しき呪いと滅びよ! すべての汚れと嘔吐にまみれる者どもよ!」そしてさらにかん高く、「いーひっひひひ」と笑いながら低い空を従者とともに飛びまわりました。「死んじまいな、おまえたち。死んじまってはやく楽になれ!」するとまず蛙、そして蛭、つぎに蜘蛛、と順々に人のすがたになって森の一本道をはだかで駆けだしました。
彼らはみな揃いにそろって、“人間になって2本の足で大地を踏んで走れるのなら、たとえいつ死んでもかまわない!”という命知らずの連中です。
まして日ごろ人に疎まれ、醜きものとして蔑まれた身。誰もがみな口々に、
「やつらをきりきざんでやるんだ!」
そう叫んで闇のなかを駆けぬけてゆきます。全速力で森を走りぬけたころ、いつしか彼らは軍服を着た凛々しい兵士となって隊列をくみました。
煌々とかがやく星を散らして、まだ明けぬ空がひろがっています。
地平線の真下に、憎むべき者たちすべての集合を待って隊は整列をつづけていました。
僅かばかりの騎兵があつまる隊の前に手綱をひいて行き戻りし、また彼ら全員を見下ろす場所から、
「王よ。無事おもどりになられて光栄です」
「そちもじゃ」
騎乗のふたり、モナカイの国王とその仕官はうなずきあいました。
そして朝日の昇るまえ、モナカイの国王はすべての兵が今ここに集まったのを確認し、
「出陣!」
と、勇ましく声を発しました。
そしてさらに魔女は夜の生きものと使い魔たち、すなわちフクロウやコウモリ、カラス、狼、鼠、蝿に命じて国じゅうに散らせました。
城のなか。妃の部屋から寝着のままタルシンの王がよろめいて出てくると、彼はしばらく廊下の壁際を這うように進みました。
灯かりを手にした見回りの者が走り、
「いかがなされましたか?」
王を抱きおこして言いました。すると王はにやりと笑い、酒臭い息をこぼして妃の部屋を指さしました。
すると一匹の黒猫が部屋の入り口から顔をのぞかせ、しばらくこちらを伺う様子でしたが一瞬の隙をついて飛びだすと、いきおい廊下を走りはじめました。
そのとき、
「敵だ! 我々は包囲されている!」
と誰かが叫びました。
城の高いところから、湖畔をゆくおびただしい数のモナカイの兵たちを見渡せます。
「やつらいったいどこから?」
「森だ、森にまちがいない」
「しかしあれほどの数はありえない」
また見ると湖にならぶ無数の松明がうかんでいます。
「あれは何だ」
「船のようです」
「よく見ろ! 他国の兵の部隊ではないか」
そればかりではありません、
「おい、あれを見ろ!」
今度は、モナカイの軍とはまた別の向きからも・・・・おそろしく巨大な東の国の軍勢が馬にのって押しよせて来るのが見えます。
「つまり、この城は呪われているのだ」
「此処を手にしたものが全地の支配者というわけか」
空はやがて白みはじめましたが、この日、もはや太陽は人のさまを白日に晒すためだけにありました。
魔女はつぎに高い空にのぼって国を見下ろしました。
城下の町に火の手があがり、人々があわてふためき右往左往するさまがこっけいに見てとれます。泣き叫ぶ声や怒鳴りあう声がまるですぐ耳元までとどくようでした。
「いーひっひひひ」笑い、「えっ。どうだい、面白いだろう?」
背中の従者に訊きました。
けれども彼はなにも応えません。ふりむくと彼はうなだれていました。「なーんだい、気を失ってるのかい。臆病者だね」
魔女はわずらわしくなり、箒の柄から男をふり落しました。
すでに城においては忽ちのうちに護りの兵が滅ぼされ、この城を手中におさめるべく三つ巴の戦いがくりひろげられていました。
「そろそろメリサを起こしてあげなくっちゃね」魔女はひどく嬉しそうにそう言いました。「ああ。なんて素晴らしい朝でしょう」
メリサはもう起きていました。ふと目覚めると森じゅうが「こそこそ」「さやさや」ざわめいているのが感じられたからです。屋根裏から真下を見おろすと、暖炉のすぐ傍でアスフィールが銀色の大きな乳母車のなかで眠っているのが見えました。起きだすと彼女はもうすでに沼のほとりに立っていました。
空を見上げると、騒々しい鳴き声とともに大勢のカラスが城へむかってとんでゆくのが見えます。そのさなかに、どこかで彼女をよぶ声がしました。
「メリサ、わたしです」
「あっ、お母さま」
母は、沼の向こう岸に立っていました。「そちらへゆきます」
「ダメ!」
きびしく母は止めました。
「なぜ?」
そう訊くと、母はむせぶような声で、
「いつか、わかるわ」と言って口を押さえました。「お願い、だから来ないで!」
「わたくし行きます。お止めになられても」
メリサはそこへ行こうとしましたが、母はそのときすでに沼に身を沈めようとしていました。
「聴きなさいメリサ。わたしたちは呪われた者の血をひく魔女です。けして幸福をのぞむことはできません。いえ、そればかりか、わたしたち魔女は人を不幸にするために生きているの。そのことが判る? メリサ、あなたにはもう判るはずよ」
「わかりませんわ」
「あなたは、妃のことをまだ知らないのですね」
「・・・・はい」
すると母は、首を締めつけられてもがくように、「あれは、姿をかえたわたしの母へレンです!」
と言いました。
「えっ」
「父さんを奪ったのも彼女の仕業。なぜなら、それによってわたしとメリサが苦しむから。・・・・言ったでしょう、魔女は人を不幸にするために生きているの」
「それでは、なぜわたくしを・・・・?」
「母さんは、お父様のこと、ほんとうに心から愛してしまったのです」
「ならばお教えください、わたくしは、“あやまち”なのですか?」
「・・・・」しばらく母は呆然とメリサを見つめました。するとまた見つめなおして、首をふり応えました、「あなたは、ふたりのあかしです。だから生きてほしいの。わたしたちの分まで」
「お母さまもです」
「いえ。もう行かなくては・・・・」
「待ってください。わたくし覚えています。あのときこう仰られました、『その理由がわかったとき、そして助けを求めたとき、母さんはふたたびもどります』と」
「ええ。そうです」
「わかりません」
「後、わかるでしょう」
水につけた裸足の影をゆらし、母はさらにもっとふかくまで身をしずめました。
「あ、いけませんわ・・・」
母はたちまち、底なしの水のなかへ姿を消してゆきました。「お母さま・・・・」
するとカラスの騒々しい鳴き声はまだ止んでいませんでしたが、それ以上の物音をたてて小屋が揺れました。
「メリサ王女!」
小屋のなかからアスフィールのさけぶ声がもれました。彼は窓にはりついてこちらを覗いていますが、その顔が徐々に遠ざかってゆきます。小屋が森の奥へむかって動いているためでした。すぐさま走り、いや、もういちど沈みゆく母の影をさがしました、水の面には波紋だけが残っています、扉をあけると転がるように戻りました。「とつぜん動きはじめたんです!」アスフィールが言いました。
「ヘレンのところへ向かっているのだわ」
「誰です?」
床に腰をおとしアスフィールが訊きました。
「魔女の家、呪いの家です」
髑髏のかざりのある玉座のような見上げるほどの高さの椅子にすわり、すでにヘレンはふたりを待ち構えています。 彼女は魔法をつかい、宙をさまよう白墨で人の形を赤い絨毯のうえに描きました。そしてとつぜん、家の壁がくずれ小屋ごとふたりが転がりこみました。ふたりは見事「人の形」のなかにいました。
「じつにいいタイミングだよ、メリサちゃん」
魔女はそう言いました。「さてここに居ながら国じゅうをのぞかせてあげようね」
つぎの瞬間、落ちた城を背後にもがく兵たちとともにメリサとアスフィールがいました。空いっぱいに魔女の顔があり、「ごらんよ、その血まみれの男たちをさ。みっともないったら、ありゃしない!」
魔女がウインクをおくると閃光があり、まばたきしてまわりを見ると兵士らが焼け焦げになってならんでいました。
「お止めになって!」
メリサが悲鳴をあげましたが、その声は魔女をいっそう喜ばせるものでした。
「いーひっひひひ」と笑い、「じゃあ、今度はもっと面白いやつ!」
「見ちゃダメだ!」
アスフィールがメリサを胸に抱きよせました。
ああ。もう、それはとても言葉にはいいあらわせない光景でした。すでに、ここが昼なのか夜なのかもわかりません。 そのあと、破壊された町のいたる場所に、夜の生きものと使い魔たち、すなわちフクロウやコウモリ、カラス、狼、鼠、蝿があつまって来ました。
「よくお聴き、メリサ!」魔女は空いっぱいの顔で言いました、「魔女がワルイなんて信じちゃあいけないよ。人間は、わたしなんかより、もっと残酷でもっと恐ろしいってこと見せてあげるから!」それは後の世の光景でした。「ヒロシマ、ジャパン」空にアロハシャツの魔女がいて彼女は口いっぱいにハンバーガーをほおばって言うのでした。「まだあるよ、まだまだあるよ」魔女は“ワンマンショー”をつづけました。
そのときでした。・・・・
メルサはもう、気がふれてしまったのかも知れません。とつぜん思いがけない言葉を口にしました、
涙がこぼれ落ち 美しく、せつない想いが胸を焦がし
たとえ 法を犯しても君を連れてゆこう!
くちづけをして、
さらにくちづけをして
強くつよく抱きしめて
愛する君を
死にいたらしめるほどに強く!
するとアスフィールは、もっとつよくメリサを胸に抱きました。
ほんのすこし、魔女の空が揺らぎました。
森の中では底なしの沼の淵がひらき、渦をまいた水がひくとそこに漆黒の哀しみ、母なる闇がありました。哀しみをたたえた闇はいくどか震え、大地をゆらしてもだえ苦しみました。そこから、いきおい虚空を切るようなつよい力がわきあがりました。それは母の愛、憎しみ、悲しみ、怒り、そしてすべてでした。森はとぶような風におそわれて、一本、また一本と巨木をひき抜きました。
またアスフィールが見ると、荒れ果てた地平線のかなたに砂塵をまきあげ大いなる風が吹きはじめていました。
間もなくするとふたりは大風の真只中にのみこまれ、ぐるぐると転がり、宙を舞い、さらに転がりました。アスフィールは、つよくメリサを抱いたまま、けして彼女から離れることはありませんでした。
馬車が、家が、森がとんでゆきました。町も、畑も、愛も憎しみも、呪いも、すべてが風とともに吹き飛んでゆきました。
まるでそれは人智のおよばない種類の力でした。
かなりのときを経て、ようやく風がすぎたのを感じ、ふたりはそれまで見たこともないような寂しい景色のなかに立ちました。
やや離れたところを、よぼよぼの老婆が歩いています。よく見るとそれは魔女へレンでした。彼女は割れた大地の裂け目にむかっています。
そこに光り輝くひとりの少年がいて、
「どこまでもついてくる気か」
とヘレンに尋ねました。
彼女はただ、
「うん」
と、頷きました。
少年の差しだした手にとられ、ヘレンはそれまで見せたこともないような清々しく幸福な笑みをうかべ、やがてふたり裂け目からまっさかさまに奈落へと落ちてゆきました。
この少年こそ憎しみの根源、魔王だったのです。
闇が全地をおおっても
君が信じたように、
愛は けして滅びることがなかった
辱められても
髪を切られても、
僕たちはまだ夢をみている
詩人がふたたび言葉を紡ぎました。
そのあとをメリサが歌うように吟じました。
やがて一陣の風がふき 涙にぬれた頬の乾くとき
僕たちは もう、ここにいない
おわり