「 遺体の顔 」 
服部 剛

日中の忙しさからすっかり静まり返った 
午後九時過ぎの特養老人ホーム

入院先で亡くなった 
Y爺さんの亡骸なきがらが入った棺桶は 
施設内の小聖堂に運ばれた 

いつもはほとんどの職員が
退勤している時刻 

園長から「お祈りしましょう」の伝言は 
一人ひとりの職員の口から耳へ 
数珠じゅずのようにつながり 
小聖堂に集まった 
あふれんばかりの職員は 
棺桶に横たわるY爺さんを囲んだ 

親しかった寮母のMさんは 
涙をこらえて口を結び 

ふた月前に退職して以来 
偶然来ていたI君も 
しんみりと瞳を閉じ 

一人ずつ 
手にした棒を杯に浸し 
白い衣に包まれた 
Y爺さんの亡骸に 
聖水をふりかけ 
両手を合わせる 


( 老人ホームに入る前 
( クリーニング屋だったY爺さん 

( テーブルに山積みの 
( 毎日皆で使う洗濯済みのおしぼりを 
( まっすぐ立ったままうつむいて 
( 一枚ずつ丁寧にたたんでいた 

( 風呂に入るのを嫌がり 
( 後ろから必死に押さえた職員を 
( 振りほどいて暴れていた 

( 一日に何十周も歩く
( 徘徊中の廊下で 
( 他部署のぼくとすれ違い 
( 目があうといつも 
( にこやかに手を上げた 


前に並んだ職員は 
一人ずつ 
お別れの祈りを終えて 
小聖堂から出て行く 

ぼくも同じように 
涙を流す遺族に一礼して 
手にした棒で 
Y爺さんの亡骸に 
聖水を 
ふりかける 

両手を合わせ 
棺桶に横たわる 
安らかな寝顔を見ると 
ほころんだ頬の上に 
薄目をひらいた 
Y爺さんの 
瞳が光った 





自由詩 「 遺体の顔 」  Copyright 服部 剛 2007-03-08 20:17:26
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