石川啄木、レニングラードに死す
がらんどう


文学の季節は終わり、ハコダテはまだ冬ですよ、母さん。
ロシアの兵隊が攻めてきて、ユウバリはすっかり焼け野原のようです。
マクハリではありません、ユウバリです。
この様子ならば、ハコダテも二、三ヶ月のうちに焼き尽くされることでしょう。
山から羆が下りてきて、青ざめた馬を喰っていました。
もはや山にも食べるものがないのです。
その羆もまた村人達に喰い殺されてしまいました。
私たちは互いに喰らいあうブロイラーです。

母さん、ニュースです。
アメリカが食糧を支援してくれるそうです。
たぶん私たちが飢え死にしたあとぐらいには到着するでしょう。
おふくろさん、森進一はあなたのことをもうそんなふうに呼べないのですね。
それでよかったのだと思います。
おふくろさん、だなんて余りにも空言めいています、作り事めいています。
そんな言葉は心の中にしまっておくべき類のものです。
私はウラジオストクを見たことがありません。
それでも何ごとかを語ってしまうのです。
アポロ十一号が月に行ったのだとしたら、月の見え方も変わったはずです。
かつて見えていた月はもうそこには見えていないはずです。
ハコダテの空には岩の塊が浮かんでいるだけです。

母さん、あなたはあの話をどう思いますか。
ウサギが飢えた旅人のためにその身を火に投じるという、あの話です。
自殺を禁じながら、他方では自己犠牲が推奨される、あの話です。
ウサギの最後の言葉が耳から離れないのです。
「我が家系も我が身で終わり。ここが歴史のどんづまりだ」
そういうことを言われると食事が不味くなるのです。
私は鈍感でいたいのです。
そういう言葉を聞かされるくらいならば、食べなくても良いのです。
いっそ肉食を禁じる宗教の信徒であったならと思うのです。
母さん、私はあなたのために犠牲になりたくありません。
母さん、あなたもまた私の犠牲にならないでください。
それではお元気で。





散文(批評随筆小説等) 石川啄木、レニングラードに死す Copyright がらんどう 2007-03-05 14:25:30
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