春の憂鬱
水町綜助

今朝春らしいものが突然に

額に寝汗として現れぼくはそのために頭が重い

ぐっしょりと水を含んだようだ

重たい頭はぼくをふらふらと外へと向かわせ

安普請のとびらを体の重みで押しあけるとどうだ、この春の噎せかえる匂いは

めりめりとはちきれていく命の口臭は


ぼくはそのまま歩きだしいつしか川沿いに広がる緑地帯をひとり歩いていた

だるい首筋に暖色の日向が覆いかかり

ぼくはいよいよ惰性で歩を進める

なおも命は

無遠慮に

人知れず

燃え上がり

そうおき火の様に

余熱は鳥のさえずりカラスのくろいつばさ

小さな子供が僕の背中から

川沿いを

舗装された遊歩道を三輪車で走り抜ける

僕を抜いてそして振り向いて言う

「遊園地でまだ遊べるよ。音楽が鳴るまで」

「遊園地でまだ遊べるよ。音楽が鳴り始めるまで」

「我慢しなきゃいけない」

トランペットを練習している男は川の向こう岸だ

へたくそだ

俺の兄貴よりへたくそだ

あいつもひどいもんだったが

川ではカモが鳴いて

冬の野鳥はオナガ

コゲラ

メジロ

シジュウカラ

ジョウビタキ

カワセミ

ツグミ

ヒヨドリ

ハクセキレイ

カイツブリ

ムクドリ

オナガガモ

が居るんだそうだ

知らないが

いったいどれが何匹まだここにいる?

ぼくは歩く

いくつか橋をやり過ごして

橋をやり過ごすごとにドウダンツツジの植え込みは

なぜこんなにも空に向かって小さな芽を伸ばすんだ

茎と枝ばかりになりながら

その枝を三つ叉に別れさせながら

そこに羽虫を遊ばせながら

支離滅裂に

空を突こうとしている

川は静かに流れる

静かに流れている

薄赤い西日を浮かべてそれを

めちゃくちゃに溶かし散らせながら

流れている


ぼくの進む方から

だからその人は川を遡行して来たことになる

赤いTシャツの男はジョギングをしながら

生きている

男は汗みずくで冬が死んだばかりなのに浅黒く

太陽のオレンジにぎらぎらと光りながら生きている

赤いTシャツはもう

襟首から腹にかけて汗にびっしょりと塗れて

川沿いに乱立する、枝ばかりの木々も

大空の血管のようで

命を飛び散らせている

どこへ走っていくっていうんだ

わずかばかりのエネルギーを燃やして

そんなに足を

ふくらはぎを震わせて

腕を

大気を掻き切って

いったいどこへ走っていくっていうんだ

当面の目的のそのもっともっと先の話だ

あるいは遥か昔の話だ

もう小さな頃どころか

母胎にすら

失われてしまっているかもしれない

しかしたしかに感じている意味

その話だ

まるでこどもだぼくは

甲高い呼気を風鳴りのように吐きながら

連続して男は走り去った

木々は走り去った

ドウダンツツジは無数の点となった

冬鳥は輪の半周を渡り始め

三輪車は舗装路をがりがりと切りつけた

僕はベンチに腰掛け

顔を上げて

赤すぎる梅を沼のほとりでじっと見ていた

その後ろで

川は静かに流れていた

静かに流れている

薄赤い西日を浮かべてそれを

めちゃくちゃに溶かし散らせながら

流れている


赤いスピーカーから夕方五時を告げる音楽が聞こえた



自由詩 春の憂鬱 Copyright 水町綜助 2007-03-04 17:42:36
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