素顔
士狼(銀)

眼鏡を外し
全ての輪郭を奪う
青色の歯ブラシも赤橙色のオイル瓶も
銀色の蛇口も
緩やかに溶け出して
水の流れに混ざり

排水溝が渦を創り始める
わたしはその様を
掌に縋る抵抗で知る

言葉にならない想いとかいうものが
まるで魚の骨のように
ちくちくとわたしを虐め
喉の奥で絡まるとき
わたしは裸眼のまま
曇った鏡に裏切りの名を描く
濡れた指先に月の光が反射し
星の影を掬いに行くため
玄関の扉を開ける、と

夜が桜の蕾に凝縮されて
青白い肌を
風は優しく愛撫する
サイレンを受けて朱く染まる雲に
委ねた福音は漆黒の香り

石膏の肌に
一瞬
触れるのを躊躇う
絹のような滑らかさと
痛いほどの冷たさに怯えて
胸に抱かれた幼子の顔と
母の微笑に
囁くように告げるのは
懺悔

喉の痛みがなくなると
ランプの灯が眼に沁みて
わたしはひっそりと、

泣くのであった

眼鏡をかけて日常に戻り
玄関の錠を
しん、と落とす
口元には
小さな笑みを浮かべ
処方された無口を
粉薬で内側に溶かす
隠した涙は頬に刻まれたまま

強がりを被って、眠りに落ちる


自由詩 素顔 Copyright 士狼(銀) 2007-03-04 17:41:55
notebook Home
この文書は以下の文書グループに登録されています。
complex≒indication