川口 掌

ざくっ ざくっ 
と泥田に鍬を入れながら
陽平さんは鼻歌を口ずさみます
佐知子さんもその横で
一緒に歌います
収穫期二人は
毎日ここへやってきて
泥と格闘します

水を抜き
灰色に表面が
渇きかけた蓮田に
鍬を入れる 度に
真っ黒に 所々
日の光りを浴びて
きらきらと
輝く 重たい
泥がめくられます
ここぞ と言う
処まで 掘り進めたら
周りの泥を除いて
慎重に そして 大胆に
だけど 繊細に
蓮根を掘り出します
掘り出した蓮根を
軽トラ いっぱいにして
家に帰ります

もう二十五年 
隆広さんの後を継いで
この日まで 
毎年 繰り返し
泥の中に
潜り 続けています
二十年前から
佐知子さんが加わり
十年前には
隆広さんは引退し

それでも
陽平さんは
変わらず毎年
泥に潜ります
隣り町では おととし
位から水掘りを始めた事
は聞いています
作業は格段に 楽になる
と聞きました
しかし 陽平さんには
愛が
足りないように 思えます

陽平さんは蓮を
とても丁寧に扱います

俊一君は
高校に入学したばかりで
驚く程よく食べます
俊一君が自立するまで
は 泥のような愛を
注ぎ続けなければなりません
彼の口から 蓮根を
やりたい
とは まだ
聞けません

陽平さんは蓮を
とても丁寧に扱います

でも
俊一君は言いました
「お父さんが、蓮を好きだと言ったのを
今までに僕は一度も聞いた事がありません」
「俺は泥と生きるんだ」
ただ それだけ
言ったそうです

陽平さんは蓮を
とても丁寧に扱います



何処かのテレビ番組で見掛けた話を
陽平さんにしてみました
「南の国では蓮の花にお茶を詰めて、
お茶に蓮の香りをつけて飲むらしいです」

「ふ〜ん」
陽平さんの
答えはそれだけでした

でも口許が少し
確かに
ほほ笑んだ
そんな 気がします



自由詩Copyright 川口 掌 2007-03-04 09:57:29
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