飴玉のある風景(サボテン)
野火 後里

長年育てていたサボテンがとうとう花を咲かせた。
てっぺんにひとつだけ、
うっとりするような明るいピンク。
針に刺さらないように、花びらだけをゆっくりつまむ。
生命のすべらかな感触が胸を暖かくさせた。

町はさっきから飴玉に降りこまれている。
屋根にアスファルトにとぶつかっては
バウンドして散らばる。
丸い飴玉。
サボテンのそれと同じピンク色をしていた。
一足早く夕暮れがきたような、
甘い黄昏色が遠くの通りを染めている。

サバが足元にやってきて私にカラダを摺り寄せた。
彼はそのまま窓のほうに近づいてニャアと鳴く。

「今は出ちゃだめよ。」

かがみこんで喉を柔らかく撫でてやる。「ああ見えてけっこう痛いからね。」
条件反射で首をのばすサバは、だがしかし目は飴玉から離れない。
次から次へと降ってくる空を不思議そうに見つめている。

通りには人一人見当たらない。
大粒の飴玉がごろごろ転がっているだけだ。
飴玉が降ってくると、私たちは家にひきこもる。

サバはまたも私の足に擦り寄ってきた。
今度は鳴きもせず足元を行ったり来たり繰り返していて、
ああこいつお腹がすいているんだなと気づいた。

音は続いている。バラバラゴロゴロ。
猫缶を取り出しながら、飴玉を食べることについて考えてみる。
(思えば初めて考える。)
だがしばらくしてやめた。
考えないことにした。

私たちの町は少し前、考えることをやめたのだ。

「さあ、マンマよマンマ。」

缶を手にとったときからサバはそわそわしている。
頭の中はきっと猫缶で一杯だ。
それでいい。お前も考えなければいいの。

食べる事もなく突き止める事もなく飴玉は降り続ける。
初めて空から降ってきたのは、そういえば私たちが考えるのをやめた日であった。

だがそれだってどうでもいい話だ。
缶詰をあけたらもう一度サボテンを見よう。

とても美しい色の。





散文(批評随筆小説等) 飴玉のある風景(サボテン) Copyright 野火 後里 2007-03-03 23:10:08
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