よるにとぶふね
haniwa
1.
男の精液ってさ タンク一杯の梅酒みたいだよね
タオルを集めていると香恵ちゃんがつぶやく
なにそれどういうこと
上の部屋に オーナーがおいてった梅酒があるんだけど
灯油タンク一個ぶんの
あたしそれいつも寝る前に飲んでんだけど まずくてさ
飲んでも飲んでもタンク一個ぶん残ってるんだよね
でもいつかはなくなるってこと?
そうそう ピロさんのこと思い出してさ
ピロさんは二年前のオープン当初からほぼ毎日
三階のビデオボックスに通っていた中年の男で
最初の数回を除いていつも香恵ちゃんを指名して
オプションのフェラチオをしてもらい
香恵ちゃんはいつもそれを飲んでいたという
だがある日 彼は射精できずに帰った
次の日は いくら頑張っても勃たなかった
その次の日 彼は香恵ちゃんと話をした
それは長い話で 延長を二回くらいする必要があるほどで
香恵ちゃんと彼の間で交わされた初めての会話だった
そのまた次の日 彼は来なかった
今日までずっと 来ていない
何を話したか香恵ちゃんはあまり覚えていないといった
ただ人生に関することだったような気がするとだけ
延長二回ぶんの
人生に関する会話
五階のタンク一杯の梅酒は
ようやく半分になったらしい
2.
一階の案内所には
まだいくらか人がいたようで
鍵を持って階段を下りた僕に
ゴウくんが困り笑いをみせる
ちょっとまっててください
そういわれて僕は暗い階段の途中で待機する
階下からはピンク色の光が漏れている
すいません もう閉店なんですよ
ええ このビルは全店2時閉店です
階段の入り口から顔だけ出して
おわりました とゴウくんが声をかける
僕は階段をおりて ビルの入り口に鍵をかけにゆく
ドアを閉める瞬間 追い出された男の一人が
僕をものすごい形相で睨んでいるのが見えた
案内所のピンクの照明に照らされて それは
なんだか人間とは思えない 別の生き物に見えた
ゴウくんにそのことをいうと
ああそれはたぶん二時間ぐらいここでうろうろしてたやつかもしれない といった
おれが話しかけるのを待ってたのかもしれないですね
そうゴウくんはつぶやいた
僕は彼の話が長くなるのを知っていたので
じゃあ おつかれさま
とだけいって 上へ戻った
ゴウくんはマジメすぎるから
二年たったいまでも このビルに彼の話し相手はいない
3.
二階のキャバクラでも 洗濯機を回しているらしい
足下から ごうんごうんといううなり声が聞こえてくる
しばらくすると上からも 洗濯機の音が聞こえてきた
ヒロシくんが
しかめっ面でタオルを洗濯機に放り込む
その様子が目に浮かぶようで 僕はすこし笑った
いつも洗剤を二杯くらい入れちゃうんだよな
環境に良くないよね
ほんとはあれスプーン半分くらいで充分らしいんだよ
昨日洗った洗濯物を干しに 屋上へ上る途中
四階のルーム清掃をしているヒロシくんが そう声をかけてきた
でもやっぱ不安じゃない?
おれが客なら洗剤けちって洗われたタオルなんか使いたくないよな
そうだね
あ そういえばこの前貸してもらったやつすげーよかったよ
あー だろ?
やっぱディランは聴いとくべきだって
Jokermanとかとくによかった
なんか泣けてきたよ
いみわからんけどさ
そんな会話をしながら
洗濯かごを抱えて階段を上るタイミングをはかる
僕は
どこへ行こうとしてるのか
瞬間的に訳がわからなくなる
たぶん僕は
Like a rolling stoneと
Tangled up in blueが
ごっちゃになって
何をいいとおもったのか忘れてしまっていた
4.
Jokerman dance to the nightingale tune
Bird fly high by the light of the moon
おおおーおおーおおおーおおジョーカーマーン
やっと思い出したJokermanのサビの部分を
小さな声で歌いながら洗濯物を干していると
五階のタコ部屋の中でいちばん下っ端の
トモちゃんも洗濯かごを持って屋上に上がってきた
あ おつかれさまです
何の歌ですか?それ?
うるさいな
子供はさっさと寝なさい
ほんとに小さな 小さな声で歌っていた
自分の耳に聴かせるためだけの歌を
盗まれたような気がして僕はつっけんどんな態度をとる
ひどいなー
あ パンツとか干すんで見ないでくださいね
見ないよ
さっさと干してお休み
明日も早いんだろ?
いえ
明日はお休みです
そうなんだ
いいな
おれなんか一ヶ月休みナシだよ
へー大変ですね
さすが支配人
支配人じゃねえし
ただの洗濯係
そんな会話をしながら
物干し竿を埋めていく
白いタオルやピンクのタオル
白いブラやピンクのパンツ
白いキャミやピンクのドレス
でも夜だから色なんてわからない
周りを高層ビルに囲まれた
四角の夜空だけが見える
目をこらすと
星が見えないこともない
けれども
目なんてこらさない
いつもは
五階の洗濯機が脱水を始めたらしい
ごごごごごごごと 低いうなりが足に伝わる
しばらくすると 四階の洗濯機も
三階の洗濯機も
二階の洗濯機も
この小さなビル全体が振動してるようだ
小刻みに
何かをまわして
振り落とそうと
ふね みたいですね
なにそれ?
ほら スクリューの回る音とか
洗濯物とか 帆を張ってるみたいに
思えません?
そういうこというと
いたい人だとおもわれるから
やめたほうがいいよ 普通は
おれが詩人でよかったね
そうですねw
気をつけます
ほんとに今度リーディング連れてってくださいね
そうね
おれが休みのときな
あした行きましょうよ
あした水曜日ですよ
あしたって
おれは休みじゃないし
早起きしたらいいじゃないですか
むり
五時前には起きれん
あたし起こしますから
トモだって
暗くなるまで起きれないっていってたじゃん
がんばって起きます
絶対ですからね
というわけでじゃあ
あたしはもう寝ます
おやすみなさい
トモちゃんはいつのまにか空になった洗濯かごをもって
階段を下りていった
詩人といっても
もう読むべき詩なんか
なにもない
なにもないのだ僕には
しょうがないから
あしたは
ヒロシくんのディランのベストを又貸しして
かんべんしてもらおうと僕は思った
そして
タバコに火を付ける
洗濯物が物干し竿にぶらさがっていて
四角い夜空にはかすかに
星が
5.
ぼくらの船は夜に飛ぶ
三相交流モーターを回して
星明かりにかざす布きれのような帆
とどかない昼へむけた手紙
それは結局
幾光年離れた星々だけが読める
信号のように
”ボクラハココニイマス”
詩と呼ぶには短すぎる
”ボクラハココニイマス”