夜を削る
及川三貴


手に持った小刀に
夕暮れの陽が映り
火をくべる黒ずんだ手が
土の匂いを部屋に広げる
何度も繰り返される
木を削ぐ夕闇色の摩擦
窓からは無秩序な黄金色
顔をそれに溶かしながら
黙々と手を動かして
立ち昇る生木の芳香
夕餉の炊煙
沈黙の只中で私は
足を組み替え爪を撫でて
心の中で唄を歌った
ふと光は失せて
暗くなる 暗くなる
立ち上がって窓を閉めると
幸せな波の反復がずっと
耳の中で木霊した
背後に立って灯した光に
照らされる厳しい顔
石の様に厳しく
若草のように猛々しく
そして嵐の時の海底のように
静かで 動かない
際限なく繰り返されている
手の中の刃を
止めるように握って
耳元で囁いた ねえ
あなたが彫るのは
朝に生まれるあの白い月
すると 開闢以来初めて
言葉が踊ったかのように
ああ これはただの
削られてゆく夜だよ
と言った
空気が揺らいで放物線
火に投げ込まれた夜は
明々と壁に
影を伸ばした



自由詩 夜を削る Copyright 及川三貴 2007-02-19 02:56:15
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