日毎の溶解
岡部淳太郎

毎日、夕方になると世界が溶け出す。誰もがみなとっく
に気づいていることなのに、誰もそのことを口に出さな
い。(それは、おそろしいことだからだ。)たとえば、
あらゆる文体が溶け出して、誰が何を言っているのかも
わからなくなる。さらに、人びとの脚が溶け出して、み
んな家路に着くことがかなわなくなる。帰りたいのに、
帰れない。息は帰る場所を失い、それぞれの肺の中でぐ
るぐると回っている。整理されえない混沌が、古代の血
流を秘めて、新しい皮膚をまとってやってくる。そのよ
うにして、いつも夕方になると世界は溶け出す。おなじ
みの旅。あるいは、強いられた冒険。夜になると、その
溶解過程もおさまり、落ち着いた腐乱の中で凍える安ら
ぎを得ることになるのだが、(それも、おそろしいこと
だ。)次の朝までは、まだ長い。それぞれの世界の残骸
の中で細い眠りを過ごしながら、朝にはどんなふうに自
らを再構成しようかと、誰もが鬱々と悩む。そして日が
巡り、次の夕方には、それもまた溶けていくのだ。遠く
に赤い絶望を見ながらの、日毎の解体。それは人を今日
に留めながら明日へと送る。(それもまた、おそろしい
ことだ。)毎日、おそろしいことばかりだ。私は、こう
して日々自らを更新させながら、少しずつ異常な自己と
なっていく。今日もまた、溶けながら夕陽がやってくる。



(二〇〇七年二月)


自由詩 日毎の溶解 Copyright 岡部淳太郎 2007-02-19 01:27:53
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散文詩