読まれない書き置き
砂木
いえでします
と書き付けて机に置いた
小学校に とりあえず向かう
誰に叱られてだったか
何故か知っていた 家出というものを
はじめて決行した 小学一年生の時
きょろきょろみた 玄関で
ばあちゃんは台所で洗い物
お昼のご飯を食べて それからのことで
父母にも弟にもみつからない
今だ と 走った
幼稚園の時から通いなれた通学路
でも ひとりは はじめてで
近所のお姉さん方に連れて行って貰ってたから
ひとりで走る 夏休みのお昼時は
蝉の声まで 一段と たかく感じた
最初の十字路で はやくも立ち止まった
幼い不機嫌にまかせて でてきたのに
路をひとつ越えるというのが
急激に恐くなって 立ち竦んだ
そこを越えたら もう戻れない気がして
そこから先は 知らない世界のような気がした
くるりと 私はひきかえした
きょろきょろと 玄関から入り
机の書き置きをみると
誰もみたあとがない
どごさ行ってらがったけな
と ばあちゃんが 台所からきてきいた
おら 家出してらなだ 気づがねがったなが
と 不満をあらわに ばあちゃんに ばあちゃんに
あまえ
笑ってたな 読めるか読めないかの幼い字で
かえりたい
かえれるのなら
かえりたい
ただ 帰らなくてはいけないことを
信じて疑わなかった 口をとんがらせて
いつか かえられない場所になることなど
気づく 悲しみも知らなくて
さよならさせないでください
幼い心をとどめた
空と木々の
見慣れた暖かさに
朽ちて消え入る体より先に
諦めさせないでください
十字路の前で