山間の月
まれ

(「影の無いおとことオシの娘が山あいの廃屋に住んでいる。」と伝え聞いた。)

 おとこは、月を空から引き剥がしたいと思った。
大事なひとが喪われた今、なぜコウコウと輝くのか?と、
うらみがましく眺めては、
むしろを編む手を止めた。
あすにはもう。そのむくろを埋めなければ、いけない。
そうなればもう、会えないのだと考えている。再び。
黒く焼け焦げた刃が刺さるようだ。
そんな気がした。

 朝は刺すような冷気のもとに開けた。
おとこは庭に出て穴を掘った。
しかし棺には何も入れず、穴もまた埋めなかった。
その夜は満月だった。
からっぽの棺の底には鏡がはめ込まれていた。樽のような円柱状の
その棺のふたを、おとこは取り、月の光が棺を満たすと再び、
ふたを閉めた。
蓋のその裏にもまた鏡。
むしろを棺の上に被せると、おとこは棺に土をかけ埋めた。
つぎは新月、と言った。

昼は満足と疲労の内に眠った。夜は愉快でさえあった。すこしずつ、
月が欠けてゆくからだ。あの薄い昼の月など手で破いてしまえそうだった。
月の無い夜がきて、
厚く恩着せがましい闇がおとこの家を覆った。
おとこは休む事をせず土を掘り、棺を中心にぐるりとお椀のような穴をこしらえていった。
それが済めば、家から水瓶を持ち出して穴の中へ水をあけた、いくつも幾つも。
そうして出来た水面には黒々とした髪の毛が目立った。
また肌は青白かった、まぶたは閉じられていた。
水は棺を水中のものにしていた。おとこは娘の首に手を添えて動きを止め、棺のふたを開けた。月光が注がれた。おとこの造ったその池はコウコウと満月のようだと、見えた。
その夜の雲ひとつ無い闇、は、たじろいだか?
おとこの影がひとつ、
輝く水面に浮いた。

そして、またたく間におとこは影を棺に詰めた、
娘の亡骸と共に。

溢るるほどの水もいつのまにか土に取られ消えた。
光りももう見えない、その後は闇、
曙光さすまで。



散文(批評随筆小説等) 山間の月 Copyright まれ 2007-02-11 22:09:19
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