心臓の一番近くで
蒸発王

人間の骨が
画材に使われる様になって久しい


『心臓の一番近くで』


熱を通さずに
生肉を介して
摂取した骨を
分解しやすくなるように加工して
スズリで水に溶くと
白濁とした液体になる
塗っても混ぜても
白に比べて光を反射しやすく
よく光る

私は
そんな骨を
売ったり買い取ったりして
生活している
買い取る場合は
骨を持ってきてくれると助かるが
たいてい
足一本だったり
腕一本だったり
肉がついたまま目の前に出される
気味が悪くて
取り出せないのだろう
こちらとしても手間なので
手数料を取っている



其の日に訪れた女性の客は
買取を希望しているのに
珍しく
骨を持ってきた
見れば其れは左胸の肋骨で
取り出すには
かなりの力と手間がかかるはずだった
お一人で取り上げたのですか
と問うと
細い声で肯定した

彼女は画家で
この骨を買い取ってもらうと共に
加工し終わった骨をもう一度買い求めたい
ということだった


何日かして


画材になった『骨』を引渡しながら

  どんな絵をお描きになるのですか
と尋ねた
興味があった
私も画家を目指した時期があったから
彼女は
つ、と
骨を指差し
  『彼』を描きたいのです
と言った

彼は病で
死に急ぐ病で
彼女の引きとめもむなしく
死んでしまったのだそうだ
何かに残される
残す
そいうことに敏感だった彼は
一回も写真に映ったことは無かった


  だから
  お葬式用に絵を描こうと思って

笑う彼女の話に
私は代金を割り引いた
彼女は大変喜んで
私が画家を目指していた事を知ると
また来ます
と笑って
店を出ていった




一週間後


彼女はまた店を訪れた
ただ彼女の身体は冷たかった
遺言と思われる手紙と
通常の3倍のお金と
1枚のカンバスが
彼女と一緒に同封されていた

  (私の骨の)
  (あの骨と全く同じ所を使って)
  (完成させて下さい)
  (心臓の一番近くに行きたいのです)

渡した骨は
左胸の肋骨で
私は彼女の乳房を切り開き
脂肪をつき抜けて
深く深く掘り下げた
肋骨は
まだ桃色をした
花弁のような心臓を包み込んでいて
閉じようとする肉塊と戦いながら
必死で切り起こした

何故
こんな部分なのか


贈られたカンバスを開くと
其処には
籠に入れられた心臓が描かれていて
心臓は描きかけなのか
半分で止まっていた

  (心臓の一番近くに行きたいのです)

思考が
繋がった

何年かぶりに筆をとる
おろしたての
彼女の骨を  
心臓から一番近い骨を
使って
彼の心臓と寄りそうように
半分描き足した

描き上がった心臓は
肋骨の籠に守られて
いつまでも
桃色に輝いていた


そう

彼女は

一緒に映りたかったのだ

一緒にいつまでも




目の前にあるのは
絵ではなく
彼と彼女の
最初で最後の
自画像だった


  




『心臓の一番近くで』



自由詩 心臓の一番近くで Copyright 蒸発王 2007-02-08 19:16:45
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