クチナシの木の満開の下
蒸発王

梔子くちなしの満開の下へは
決して近寄ってはいけない



『クチナシの木の満開の下』




子が出来ぬ
という理由で離縁された女は
梔子の花しか食べられなくなった

理由は知れぬ
けども梔子の花であれば
花弁1枚であろうが
がくであろうが
萎れていようが
とにかく少なくて腹に溜まったので
夏の間
女は梔子を沢山とって
壷にしまい充分な分だけ
少しずつ食べた
八重咲きの梔子の大輪ばかりであった

雪が孵って
春がさえずり
夏のつま先が見える頃
女は又
男と出会い
夫婦になった
女の花食いの性は
嘘の様に直った
過去の傷から
なかなか身体を開けぬ女は
埋め合わせのように接吻をねだっていたが
いつしか溶け合い
そして


そして
矢張り
子は出来なかった

離縁はされなかった
男は女を愛していた
埋めるように接吻もした
それでも
女は梔子が食べたくなってしまった

季節は冬

梔子などあるはずも無く
女は貯めていた壷を開いた
と一瞬で
女は視た
壷にある八重咲きの梔子の大群は
全て小さな胎児に見えた
八重咲きの梔子は
       実を結ばぬ
         子無しの花

食らっていたのは
己が卵子か

薫りが
強い白い大きな
薫りが女を飲み込み
乱れ
戸口に立っていた男に
視られた

梔子
梔子
梔子

  梔子
梔子
梔子
    梔子  
クチナシ
  
      梔子           
         
くちなし

                 
     くちなし


女は男に飛びついて
唇で男の其れを塞ぐと
そのまま飲み干してしまった


ああ ほら

貴方も 口無し




そう呟いて
女はうっそりと微笑んだ





今も
女は梔子の下を
あの
満開のクチナシの下を歩いている


だから
梔子の木の満開の下へは
近寄ってはいけない



美しいと口説いては


いけない








『クチナシの木の満開の下』


自由詩 クチナシの木の満開の下 Copyright 蒸発王 2007-01-15 20:16:51
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【女に捧ぐ白蓮の杯】