純白般若
蒸発王

其の純白が
花嫁衣装の様だった


『純白般若』


祖母は
小さい頃に
骨を食べたという


焼け野原になった当時
ろくな薬も無いなか
人間の骨は万病の薬だ
という噂が流れ
藁にもすがる思いで
祖母に飲ませたのだとか
手にした骨は純白の粉末で
不思議と美しく思ったらしい


其の祖母は
祖父が死んだ時
まるで口を無くしたようで
火葬場までずっと無言だった

火葬場で
祖父が真っ白な
純白の骨になって
運ばれた

瞬間

突然泣き叫んだ
あふれ出る感情を
空中で凍らせたような
砕け散らせたような
鋭い悲鳴だった

そうして
祖母は

祖父の骨を食べてしまった



掌で鷲掴み
ぼろぼろみ壊しながら食らう

乗せられた鉄板も
骨自体もまだ熱く
近寄ることすらためらうのに
熱さなど感じないようだった

人が焼ける
蝋燭みたいな
強い強い芳香の中で
まとめた髪の毛を振り乱し
悲鳴をあげながら
涙を流しながら
祖父の純白を食らっていた祖母は
艶かしい独りの女で


まるで
般若のようだった






あれから何年か経って


その祖母が
昨今息を引き取り
あの日の祖父と同じように
純白を広げている

かすかすになった骨が
羽のように
海のように
鉄板を埋めつくしている


祖父の骨を食らう祖母は

あの般若は

恐ろしかったが
とても哀しく
何より美しい女だった


一面に白と化した
彼女は
再び祖父に嫁ぐのだろう



其の純白が
花嫁衣装の様だった










『純白般若』




自由詩 純白般若 Copyright 蒸発王 2007-01-07 20:30:26
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四文字熟語
【女に捧ぐ白蓮の杯】