はぐ
夕凪ここあ

やさしいけもの

おんなじ日に生まれて
いつでも一緒
やさしいけものは
決して箱の中から出してはいけない
それが母親との
唯一の約束であったし
幼いわたしは
約束の文字が
なんだかこわかったから

いちばんに覚えてること
夕日が何よりも好きなやさしいけものの
箱の小さな穴からのぞく
橙色にきれいに染まったあたたかな瞳の色

やさしいけもの
夢を見てるあいだに
悲しいことや寂しい気持ちを
ありったけのやさしさで
抱きしめててくれてたことを知ってたよ

「けもの」
箱の中は狭くって暗くってうまく生きれない
いつだって言葉のイメージが足にまとわりついてる
なんどだって生まれるさ
やさしいけもの
なんかい生まれたのかなんてわからない
わたしはまだいちどだって生き抜いてないのに
ほんとは約束なんて破ってしまいたい

夕日が
きれいだね
のひとことで済まされたあの日
からずいぶん遠くに来てしまった
少しだけ
スカートの裾を短くしてみた
少しだけ
誰かの手のぬくもりが知りたくなった
やさしいけもの
前のように毎晩
眠るのを手伝ってくれるのに
やさしさが
苦しい

傷つけるのは簡単、だってけものだもの
やさしいけもの、やさしさだけじゃだめなこともあるのね

朝起きると
もうやさしいけものはいなくて
母親の胸で少し泣いた
夕日が昨日より切なく見えた
からっぽの箱が少しだけ傷んで
明日からの不安に震えたって
生き抜いてく
少しだけ
やさしいけものの
やさしさに寄りかかりながら


やさしいけもの
かわいいね
ああ、かわいいね
なんて言いながら
育んで来た日々


自由詩 はぐ Copyright 夕凪ここあ 2007-01-07 00:12:32
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