種々の理由
吉田ぐんじょう
左手しかポッケットに入れられないのは
右手で傘を持っているためで
少し泣きそうな顔をしているのは
暗くなると君を思い出すからである
急ぎ足なのにけして駆け出さないのは
帰り道の途中に墓場があって
墓の前を走ると呪われる
と云う小学校のとき聞いたジンクスを
今もって信じているからだし
時折たちどまって眼をとじるのは
自分の名前を思い出すためだ
そんなに長くはたちどまれない
世界が消えてしまいそうでこわい
わたしは一度だけ振り返り
自分の名前をポッケットで握る
そうして
傘をさしたまま喫煙するのにはどうしたらいいか
思案しながらまた歩き出す
足音が空気に刻み付けられ
眼の前が白く濁ってゆく
しばらくしたら
やっぱり君を思い出して
涙が出たので指でぬぐった
こういうときのために
普段から手袋はつけないようにしている