作者より:
失礼ですが、なるほど。
単純にストイックに文体の洗練や、レトリックの練習をしても駄目という事でしょうか。
不幸として文章中に裂け目を提出する事ですね。
しかし決定的不幸として、病の事を持ち出すのは既に書いてある事の再生産に
なりますし、時々刻々と変わらぬ日々を書いている私小説で
いや、この現代にあってそんな事が可能なのだろうか。
自覚するに妻も私も良心的人間ときている。事件も起こりにくい。
そうすると、この修練を日々続けてゆくのか。
事件性があった日だけピックアップするのか、という事になってくる。
しかし現代詩フォーラムのポイントを下さっている方というのは
ただ幸福である事の健康性みたいなものにイイネしてくれているような
気もする。
隠しているボールとしては、東京時代、僕が病になってしまったドラマを書く
というのがあるが。記憶を掘り起こすのが難しい。18年前の事なので。