にじが みえるんです/るるりら
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 室町 礼 
これを読んで思わず涙がうるるとなりそうに
なったのですが、世界には二種類の人がいる
というところで「そうかな」と立ち止まりま
した。
ここは立ち止まるところだと思いまして。そ
してすぐには答えが出せない類のものですの
で立ち止まったままです。
物心つかない、虹が見えない弟はわたしかも
しれません。わたしは虹のあの多色による層
の構成がそれほど美しいとは思えないのです。
むしろ、青空や雲のような単色の多層で多様
なグラデーションに自然らしい美を感じるの
です。ですから虹が見えない(感性の鈍い?)
弟の気持ちがわからないでもないのです。
作者が「虹」を希望とか夢と
かいった観念的なものの比ゆとしていってる
のであることはわかっています。「虹」を希
望や夢、愛といったポジティブな観念の比喩
だとすると、
それが見えない弟やわたしは「希望を持たな
い人」「愛を知らない人」ということになり
ます。そうかもしれないし、素朴に現実をみ
て地に足をつけているだけなのかもしれませ
ん。そこでも立ち止まって考え込みます。
あとで「どちらの人もいとおしくて」と、
作者は両者をかいなに抱くのですが、
精神的に豊かで、深い真理を理解している
方がそうでない方をキリストのように
かいなに抱くという体裁になっています。
ここでもわたしはまた立ち止まります。
それって、さて、どうなの?と。
るるりらさんの詩にはどうも、この、なん
というか、立ちどまる姿がみえない。
立ち止まっていつまでもとまどっている
人のシルエットがみえない。
たちどまる。そして歩き出すテンポがなく、
どんどん前へ前へと進んでいく。
それがどうもわたしにはどうもなあ、なん
ですよ。
- 本田憲嵩 
- atsuchan69 

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