詩学社、そして寺西さん/角田寿星
 
以下の方がこの文書を「良い」と認めました。
- 氷水蒸流 
- 岡部淳太郎 
- 佐々宝砂 
- 寺岡純広 
- 山田せばすちゃん 
- 深水遊脚 
- 北村 守通 
- あおば 
- モリマサ公 
- 榊 慧 
- ふるる 
「詩学」は詩を書き始めた頃に、確かちょりさんのお薦めがあって定期購読を始めたような・・・。
彼なりの強い思い入れがあったのでしょう。「詩学」のお陰で、詩って色々あるんだな、難しくなくていいんだな、よかったーと、救われた気持ちになりました。
この場をお借りしまして、寺西さん、ありがとうございました。
角田さんやスタッフの方々にも、ありがとうございました。

- 松岡宮 
お世話になりっぱなしで何も出来なかったと反省しています。
家にある詩学や詩と思想をぱらりとすると、ときどきグっとくる言葉に出会う。そういうことをもっと大事にすればよかった。
この文章を読めてよかったです。
- 鎖骨 
- タマムシ 
- いとう 
- 《81》柴田望 
- 夏野雨 
- ばんざわ くにお 
- mizu K 
- 伊藤透雪 
何のお力にもなれない電話をしてしまったことが、今更ながら後悔です。
私でも何かお手伝いができないか、そう思った一念でしたけれども。
寺西さんって、社長というよりはやはり詩人だったんだろうなぁ、とお声を思い出しています・・・

某先生に対して私の顔は丸つぶれですが、最初からそれほどのご縁があったわけではありませんから、勇み足だったんでしょうね、私。
向こうでは笑顔で書いてらっしゃるかしら、寺西さん。
- 手乗川文鳥 
- そらの とこ 
詩学は値段が優しくて買っていました。
詩学が廃刊になったときでさえショックだったのに。寺西さんの訃報を聞いてとても悲しい思いをしました。
何の足しにもならなかったとしても詩集買えばよかった。
もう1年なんだ〜と詩学を懐かしく思います。
私が投稿した詩は一度しか一次通過しませんでしたが。
その時の作品は大切にしています。
- caleha 
- ベンジャミン 
一度もほめてもらえたことはありませんでした。
それだけ真剣に読んでくれる方でした。
飲みの席でも詩についていろいろ話してくれました。

状況を良く知らず、何もできなかったこと・・・
今になって悔やんでいます。
 
- たりぽん(大理 奔) 
- A道化 
- あすくれかおす 
- 伊月りさ 
- リーフレイン 
- ともちゃん9さい 
- チアーヌ 
- 望月 ゆき 
詩学は、内容や量からもとても読みやすく、定期購読していましたので、とても残念な出来事でした。
ここで皆さんの働きを知ってから、数冊詩集を購入させてもらいました。それくらいのことしかできず、情けないのですが・・・。
否定的にしろ、肯定的にしろ、少なからず無関心でなかった方々の思いというのは、寺西さんにもきっと届いていると思うのです。
そして、そういうたくさんの気持ちと、この文章を読めたことに感謝します。
- イダヅカマコト 
何もいえません
私は
角田さんがたくさんの詩学の在庫を抱えてくださることと
いくつかのイベントにいらしてくださること
詩学の話をしてくださることに敬意をあらたにし、

私や、ネットで生活している人が
詩をもっと外へ外へと持っていけない現状を
憂うことのないよう、
自分ももっと外に出ようと
強く思う次第です
- 落合朱美 
当時は開店準備で精一杯で、何のお力にもなれなかったこと、今でも悔やんでおります。
1年間、実際に書店の運営をしてきて、まずは本の流通のシステムそのものに一言申したい気分でいっぱいなのですが。
詩学社だけではなく、詩に関わるすべての事業がそうとう苦しい状況であるということだけは、身に染みております。


- 芳賀梨花子 
- 明楽 
書いてくださって、ありがとうございます。
- 石田 圭太 
- 大村 浩一 
- 乱太郎 
- かとう ゆか 
- 長谷川智子 
- こしごえ 
- 太郎本人 
本人不在の送別会から一年経ったのか、と感慨深くなりました。

ただ、choriに対しての気持ち、今さら文章で書かれるのはいかがなものかと思いました。

- 小野カオル 
- 杉田ナターシャ奈央子 
私は寺西さんが亡くなったあとに部屋の片づけを手伝ったのですが、そこに寺西さんがいるようでした。
私の母と寺西さんの故郷が一緒だったので、いろいろすぐ打ち解けて話をしました。
そして、いつか鳥取砂丘で詩を叫ぶをやりましょうと話をしていたのです。このイベントの話を寺西さんはいつもしていたからでした。
今年は無理ですが、いつか、本当に開催しようと思います。
そこに、きっと寺西さんもいるんじゃないかという錯覚に陥れそうな気がします。
- とうどうせいら 
- さだあいか (サダアイカ (aika)) 
- 木葉 揺 
- 相田 九龍 
- 鵜飼千代子 
---2010/04/17 10:26追記---
>彼の功績は、ネットを含めた草の根レベルでの詩人の発掘と、若手詩人との交
>流。彼を慕う若手が多かったからこそ、土壇場でのこうしたムーヴメントが生じ
>たのだ、と思います。
本当にそうだと思います。「草の根レベルの詩人の発掘」というのは、商業詩誌
の詩の投稿欄はそもそもそうした性質のもので、そこから同人詩誌などに誘わ
れたりするのだろうから、どうかなと思いますが、ネットに関して詩学は際立っ
ていました。

詩学は、ネットで書いている詩人をすばやく評価した。
現代詩が社会に影響を与えられるのではなく、与える存在なのだとすれば、
後から追い掛けていたのでは遅い。寺西さんは日本詩人クラブの例会にも挨
拶に来ていた。

早過ぎて、膨大な数の「詩学出身」「詩学後援」の紙媒体の詩人が拒絶反応を
起こしたのかなとは思ったけれど、淋しいです。わたしも高校の頃に初めて
買った詩誌は、詩学でした。高校の女の先輩が投稿欄に載ったから。上手な
同級生の男子が「詩でも食って行けますね」なんて、言っていたけど今は書い
ていないんじゃないかな。
後の号だったけれど、「詩学」を求めて、新宿の紀伊国屋まで1時間半かけて
買いに行きましたっけ。商業詩誌って、どんなものなのだろうって。
- さき 
- 馬野ミキ 
- 春日線香 
- 46U 
以下の方がポイントなしでコメントを寄せています。
- 光冨郁也
気持ちは分かるような気がします。
それと詩と経営ということは、どのように考えたらよいのか、難しいものだなということがいまの思うところです。
- りゅうのあくび
一度だけ
寺西さんには、お会いしたことがあるのを
覚えています。
青の日で。
今も青の日が残っているは寺西さんの
お陰もあるでしょう。

一言加えれば、
「詩学」は月刊誌と云うべきであって
雑誌と云うべきでありません。
枝葉末節なことかもしれませんが、
雑誌と言えば野積みされた
返本間際の本のイメージがあるでしょう。

確かに、出版社は、
部は、主に営業と編集に別れていますが
編集が強く、営業が弱いところが
多いというのが実感するところです。
僕もある時期に出版社の営業を
していたときがありますが、
出版社の営業は、
コンテンツではなくパッケージを扱うのが仕事で、
パッケージが無くなれば、
コンテンツも在りえないというのが、
出版社の営業マンの主張です。
コンテンツ主体の営業風土というものが
出版社にあるのならば、ある意味でそれは、
空気と風がどちらが先に生まれたのか、というような
議論をするようなものです。僕はそう思います。
詩学の失敗をバネにするならば、
商業詩誌は、パッケージに主眼を置いた、営業を育成すべきだと
そう、伝えたいです。
詩集を、紡ぎ出しては送り出す場所として、
何を届けるのかではなく、どう届けるのか、
と云うことを、常に意識する立場の人間を作り上げる
必要があると、そう思いました。


---2008/10/11 20:41追記---
- ピクルス
急に死ぬか、ゆっくりと死ぬか、いずれにしろ私(達)は必ず死ぬ有限な存在だけれども、
詩は、さにあらず。と私は思うのです。

私は、詩学社の最終在庫を預かっている身ではありますが、それは、当時、他に誰も引き受ける方がいらっしゃらなかっただけの事でしかありません(私の知る限り、に於いての話ですが)。
みなさん、意見や思惑や、追憶から利害まで、その他いろいろあるでしょうけれども、それぞれが、詩を書く、または読むことこそが、寺西さんの追悼にも繋がるのではないかな、と考えます。

また、寺西さんや詩学社に対して批判的なスタンスを取る事にも一理あるとは思いますが、それってつまりは、寺西さんなり詩学社なりの失敗から学び、それを繰り返さなかった、という事によってのみ正当性を獲得出来るような気はします。それ以外は、概ね、単なる愚痴か、反論の機会を奪われた他者を罵倒する事によって足りるをささやかな満足とする子供の発想でしかないのではないかな?とも。

献花に代えて。

ピクルス拝
 
作者より:
ありったけ吐き出したら楽になるかと思ったけど、
あまり楽にはならないね。きっと人生はそんなもんなんだろう。

ありがとうございました。

訂正履歴:
公開にあたり、一部修正削除しました。13-4-30 6:38

Home
コメント更新ログ