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あれは五年前、ぼくがまだ大学院の二年生のときのことでした。実験室で、クロレート電解のサンプリングをしていたときのことでした。共同実験者と二人で、三十時間の追跡実験をしておりました。途中一度でも ....
ズズズズズズドンッと
とつぜん、学校が
手足をのばして
立ち上がる
で、ドドドドドッスン
ドスンと、しこを踏むと
走り出した
窓から、扉から
子供たちがこぼ ....
登場人物 夫──壮年のサラリーマン。
妻──夫より三歳下。専業主婦。
娘──短大出たてのOL。
舞台 東京都世田谷区の一戸建て住宅。
(平成二年、八 ....
ぼくが帰るとき
いつも停留所ひとつ抜かして
送ってくれたね。
バスがくるまで
ずっとベンチに腰かけて
ぼくたち、ふたりでいたね。
ぼくの手のなかの
きみの手のぬくもりを
いまでも
ぼ ....
月の夜だった。
海は鱗を散らして輝いていた。
波打ち際で、骨が鳴いていた。
「帰りたいよう、帰りたいよう、海に帰りたいよう。」
と、そいつは、死んだ魚の骨だ ....
{ルビ水裹=みづづつ}み、{ルビ水籠=みごも}り、{ルビ水隠=みがく}る、
──廃船の舳先。
舵取りも、{ルビ水手=かこ}もゐない、
──{ルビ月明=げつめい}に、
{ルビ水潜 ....
──おいでなさい。よい星回りです。
(ゲーテ『ファウスト』第二部、相良守峯訳、罫線加筆)
畳の湿気った奥座敷、御仏壇を前にして、どっかと鎮座する巨大なイソギンチャク。
(座布 ....
少年は待っていた。
雨が降っている。
少年は待っていた。
雨が降っている。
少年は待っていた。
男は来なかった。
少年は待っていた。
雨が降っている。
少年は待って ....
岩隠れ、{ルビ永遠=とは}に{ルビ天陰=ひし}けし岩の下蔭に、
──{ルビ傴僂=せむし}の華が咲いてゐた。
{ルビ華瓣=はなびら}は手、半ば{ルビ展=ひら}かれた{ルビ屍骨=しびと}の手の{ル ....
Mmmmm.
Whip!
Mmmmm.
Whip!
子よ、
(創世記二七・八)
わが子よ、蜜を食べよ、
(箴言二四・一三)
tuum est.
....
({ルビ天=てん}{ルビ使=し}の、{ルビ骨=ほね}の、{ルビ化=か}{ルビ石=せき}、じつと、{ルビ坑道=かうだう}の、{ルビ天盤=てんばん}を、{ルビ見下=みお}ろして、ゐた、……)
({ル ....
庭にいるのはだれか。 (エステル記六・四)
妹よ、来て、わたしと寝なさい。 (サムエル記下一三・一一)
箪笥を開けると、
──雨が降つてゐた。
眼を落とすと、 ....
苦悩というものについては、ぼくは、よく知っているつもりだった。しかし、じつはよく知らなかったことに気がついた。ささいなことが、すべてのはじまりであったり、すべてを終わらせるものであったりするのだ。た ....
日の暮れ方の川辺り、{ルビ湯女=ゆな}の手の触るる神の背の傷痕、
──その{ルビ瘡蓋=かさぶた}は剥がれ、金箔となつて、水の中を過ぎてゆく……
({ルビ魚=いを}の潰れた眼が、光を取り ....
{ルビ蟇蛙=ひき}よ、泣け。
泣くがいい。
ぎやあろ、ぎやあろと
泣くがいい。
父は死んだのか、
母は死んだのかと
泣くがいい。
....
真夜中、夜に目が覚めた。
水の滴り落ちる音がしている。
入り口近くの洗面台からだ。
足をおろして、スリッパをひっかけた。
亜麻色の弱い光のなか、
わたしの目は
(鏡に映った)わ ....
術師たちが部屋に入ってきてしばらくすると、死刑囚たちの頭に被せられていた布袋が、下級役人たちの手でつぎつぎと外されていった。どの死刑囚たちにも、摘出された眼球のあとには綿布が装着され、その唇は、 ....
樹にもたれて、手のひらをひらいた。
死んだ鳥の上に、木洩れ陽がちらちらと踊る。
陽の光がちらちらと踊る。
鳥の死骸が、骨となりました。
白い、小さな、骨と、なり、ました。
....
三月のある日のことだった。
(オー・ヘンリー『献立表の春』大津栄一郎訳)
死んだばかりの小鳥が一羽、
樫の木の枝の下に落ちていた。
ひろい上げると、わたしの手のひらの上に
その鳥の破けた ....
汚れた指で、
鳥を折って飛ばしていました。
虚ろな指輪を覗き込むと、
切り口は鮮やか、琺瑯質の真っ白な雲が
撓みたわみながら流れてゆきました。
飛ばした鳥を拾っては棄て、拾っては棄て ....
わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである。
(ルカによる福音書五・三二)
目がさめると、アトリエの前に立っていた。
──子よ。 ....
高校の嘱託講師から予備校の非常勤講師になってしばらくすると、下鴨から北山に引っ越した。家賃が五万七千円から二万六千円になった。ユニット・バスの代 ....
いつから、
あそこにゐるんだらう。
日溜まりの向かふに、
声がする。
日溜まりの向かふに、
声がする。
わたしの声だ。
それは、
....
I
インインと{ルビ頻=しき}り啼く蝉の声、
夏の樹が蝉の声を啼かせている。
頁の端から覗く一枚の古い写真、
少年の頬笑みに指が触れる。
本は閉じられたまま読まれていった……
....
月の夜だった。欠けるところのない、うつくしい月が、雲ひとつない空に、きらきらと輝いていた。また来てしまった。また、ぼくは、ここに来てしまった。もう、よそう、もう、よしてしまおう、と、何度も思ったのだ ....
死んだものたちの魂が集まって/ひとつの声となる/わたしは神を吐き出した/神は罅割れた指先で/日割れた地面を引っ掻いた/川原の石で頭を叩き潰された小魚たち/小魚たち/シジミも/ツブも/死んだものたちの魂 ....
よい父は、死んだ父だけだ。これが最初の言葉であった。父の死に顔に触れ、わたしの指が読んだ、死んだ父の最初の言葉であった。息を引き取ってしばらくすると、顔面に点字が浮かび上がる。それは、父方の一族に特 ....
あの……おれ、夢見るんですよね、海の。ときどき夢のなかに海がでてきて、おれはサーフィンやってるんです。でっかい波にのってると、そのままヒューッて空に飛んでっちゃったり……あと……パイプ・ラインのなか ....
目の前に一本の道が現われた。
この道を行けば、海に出る。
ほら、かすかに波の音が聞こえる。
見えてきた。
海だ。
だれもいない。
天使の耳が落ちていた。
....
手をコピーする。左手をコピーして、右手を
コピーする。腕をコピーする。左腕をコピーし
て、右腕をコピーする。顔をコピーする。光を
見ないように、目をつむってコピーする。肩と
胸をコピーす ....
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