銀製の酒杯の中身が空になって久しい。
今となっては、かつてある人に注いで頂いた
“何か”の跡形すら残っていない。
私はある時、自分で酒杯を傾けて
それを捨ててしまったのだ。
あの頃は、すぐに ....
その日の晩、女は禊の真似事をしに
旧い銭湯へ向かいました。
目的は不安を拭うことにありましたが、
それは体裁上の話で、本当のところは
出来もしない覚悟を決めに銭湯へ赴いたのでした。
....
例えばAという人物がいて、
他人である誰かがAに対して抱くイメージは、
果たして実像に等しいだろうか。
人間は、往々にして自分の望むとおりに
他人を歪めて見つめている。
あらゆる事物の、その ....
「なぜ、こいをする? なぜ、あいするの?」
わたしは、じぶんがかわいくてしかたがないからです。
わたしは、じぶんだけはしあわにいきていたいのです。
だから、ひとにこいをしてあいするの。
じぶん ....
碧空に圧し掛かる入道雲を
眸いっぱいに湛え、僅かに汗を滲ませる
その横顔(かんばせ)の美しさよ――。
少年は俺に問うた。
「かの雲はさんざめく熱気を
帯びているだろうか」
「触れれば ....
君は言った。
熱を帯びた人間の馨は、極上の沈香にも優る。
馨しきは、細胞の密なる連鎖に成り立つ肉体、
それらに躍動を齎し、また後に生じる、
透明なる、極彩なる、玄妙の体液である。
あ ....
グスタフ・クリムト作 『接吻』には、
恋人の頬に背後から口づける男と
その愛撫に恍惚の表情を浮かべて応える
女の姿が描かれています。
他者を愛することのできないわたくしは、
これまで自 ....
屠る粉を撒き散らす新聞配達少年のスキップ
硝子蝙蝠は陽だまりのなか彼岸花を摘んだ
泣いているよ!
烟る紫煙の向こうで悪魔が嘲笑うから
漆黒で顔を洗えば何もかも消せるのか?
首切る猿 ....
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