「いいやッ、いやいやっ、何と!なんなんじゃ?
気持ちわるい掛け軸ではないかっ!」
「あなた、…ふたりの話、ほんとうだったんですね…。」
翌日、掛け軸の吊るされる居間で
呆気に取 ....
「深川にはさ、ふしぎな話がたしかにあるのねえ…。」
おりんより早く湯屋から店に戻った おゆう
正座して部屋の隅の小さな衣装箱から
昨日、着物の下へしまい込まれた掛け軸を
掴み取り ....
「変ね…窓閉まってるのに。」
おりんの金魚が死んだ その晩のこと
湯屋から店にかえった おりんは
小窓のわきに吊るしてある掛け軸が 畳に
二つ折りになっているのを掛け紐つかんで持 ....
「こんな掛け軸さ、女中部屋に贅沢だよねぇ!」
おゆうは小窓のわきの壁に釘を刺して
御隠居が おりんに渡した掛け軸を吊るすと眺める
本紙の中央には硝子ビイドロの金魚鉢一つ
そこに ....
「御隠居様!若い方がお二人、お迎えでお見えになっておられますっ。」
おりんが厨で、上部にある女中部屋へ呼びかける
すると 床へ梯子が降りてきて
「おや、もうそんな時間でしたかな。分か ....
その日 近江屋の縁側で鳴っていた
庭師の枝切り鋏は申の刻に止んだ
お使いの出先から六ツ半にかえった清吉は
一人遅い夕食を済ませると 土間へ降りてきて
大きな身体を二つに折り おり ....
夕映の 風にそよぐ
お堀端の柳の枝は青々として
「今夜も、蒸すのかね…。」
低く重なった綿雲を見る
蔦吉の 下駄の鼻緒は切れていた
「仕方ないね。」
下駄を脱ぐ右足
....
「茶トラ猫、あの日以来…来ないわねぇ。」
近江屋、厨の上部の隅
かけてあった梯子を床から上げる おゆうは独りごちる
そして 三畳の間に敷かれる煎餅布団に座って
脇に置かれた小 ....
「何だ、これは。」
トラの左肩を掴むハチの目にチラッと
ずれた小袖の襟元から 見えた刺青
肩から ずりッと引き下げて
「桜吹雪の刺青とは洒落てるじゃないか。やっぱり遊び人か。」 ....
空に 冴える下弦の月
雑穀問屋の屋敷の裏庭
縁側の沓脱石の傍で
浅い眠りにつく ハチ
ふと 嗅ぎなれない匂い
目を覚まし 見廻すと縁の下に
小さく動く影一つ
「誰 ....
空に冴える下弦の月
ポツン と川ぼり佇めば
水面にこぼれる 舟宿灯り
さっき 別れてきたばかりの
タマの泣き顔
浮かんで揺らぎ
男泣きする トラ
ガラリッ
....
「近頃、米や油が大変高くなって皆困っているよのお…。」
「まこと、この物価高で。俺達よりイワシの方が健康状態良いのでは
ないかな。」
あぐらをかく膝に丸くなっているイワシへ
....
下弦の月が冴え
よく冷える晩のこと
「おい、炬燵とは豪勢じゃないか!」
浪人が、長屋の玄関の戸を開けて
迎え入れた友だちは羨ましそうに言う
煮炊きする へっついの傍
....
「あら、この通りじゃ見かけない顔ですね。」
近江屋の厨の隅
水桶や たらいが置かれる陰にしゃがむ
おきぬの頭上から覗きこむ おゆう
「そうだよね。今晩の連れは、ちょいと痩せ ....
雑穀問屋の土塀の瓦に寄り添う
何やら神妙な顔つきの
ふたり
「あんたって、かわいそうなのね…。」
目尻がスッと伸びて色気のある
白猫 タマ
「そうでもないさ。君に ....
「俺は三両の、ねこだ。」
河原の橋の下
腹空かせてぶっ倒れている
トラは 小声で
それを自分に言うとのっそり
起き上がる
「また、その話か。耳にタコだぜ。」
側で ....
「どう、あんたも。旦那様が飲んだ出涸らしで、お茶入れてきたわよ。」
女中部屋の粗末な座卓に
不似合いな 黒砂糖饅頭が五つも
「どうしたの?コレっ。」
目を丸くする 飯炊きおりんへ ....
河原の橋の下で
目を廻してぶっ倒れている
トラ
「どうしたんだ!お前。気分悪いのか?」
そばへ寄って来る
ホームレス仲間たち
「そういえば、ここ数日…奥さん見掛けんな ....
ある日
河原の橋の下
まだ うす暗いうちに
藁蓆で作った擦り切れた叺を寝床にして
潜り込んで居るトラが
目を覚ますと
「うわっ、大変な雪だ!」
彼の脇腹に頭を埋 ....
その人の
ぶ厚い唇から飛び出した一言は
熱っぽかった
「あなた、でしたかっ!」
(は?…。)
パリッとしたスーツ姿で
母の仏前に座る中年男性とは
全くの初対面
....
地下駅へ降りる階段
吹き上がって来た風で、
乱れた前髪なおそうともせず
いらだたしく
けだるい晩春の気圧に
襲われる
かつて愛した男
今でも その腕に抱きしめてほ ....
背中押してもらって
もっと もっと、スニーカーのつま先が
お空に近くなる
ブランコ
いつからだろう?
ブランコ漕いで
軽い眩暈の様な気分の悪さを
感じてしまうよう ....
寝酒舐め
見上げる星すら雲隠れ
胸深く 影流れしも
抱く憧憬、あなたの詩心
あした顕る月であればと乞ひ願ふ
玉ねぎを薄切りにする
辛さと
人参を薄くそぐ
暖かい朱色と
さやえんどうを茹でて塩をかける
平和さに
じぶんの後姿をみたいと希う
鍋に湯がたぎる
湯気の中 ....
はかり知れない
暗黒の 宙に
君は浮かび
その彼方から
確かにとどく君の
燦めく 言霊
それは時に
のんびり夢みる浪の音
それは時に
欣び甘える涼 ....
夕時雨
車窓から見入る
白梅は
しっとり光りて
見返り天女
湖をめぐり
冠雪の峰
空に張りつき陽を浴びて
その中に 黄梅の真っ黄、
躍り込み散る
....
夜が来て
刺すような凍をそそぐ星
神秘めく 真冬のそらを征服する
ビルの柱の蔭で
一本の竜巻のように巻き上る
子供の愛が
大空を圧し馳ける
懐かしい愛の歌をハミン ....
散りおちて
生垣の茂みに燃ゆる 花びらは、
貴方への想いを馳せてピンク色
今日歩む 暗き小径の
竹灯篭
冬靄に
鳴き交わす水鳥の群れ
細い車道のヘッドライトを
吸いこむ ささめ雨
大通りの交叉点
如月の靄 薄れ
東へ連なる街燈のむこう
仄かなサーモンピンクの低い雲
....
ちょっと気鬱な
月曜日
交差点に
今朝は飛んで来てくれた
白い息吐く
羽黒蜻蛉
その引き締まった脚線は
二対の翅、
着膨れする ときわ木の
林を抜けて
見 ....
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