忘れること、忘れないでいること/岡部淳太郎
事実が消え去ってしまっているような気配を僕は感じた。誰もがみな、そのことを忘れ去ってしまったように思えたのだ。ある時、母にそのことを言うと、母は「他人なんてそんなものだよ」と言い放った。そうか。そうなのか。僕は悲しい思いを抱えながらも何となく納得してしまった。僕が立ち止まるのはまさにここなのだ。ひとつの死に対して他人が忘れてしまうこと。日々の生活の中で擦り切れるように忘れてしまうこと。そのことに、僕は怒りのような淋しさのような何とも言いようのない感情を抱いてしまう。
詩人は亡くなる前に、一冊の小説集を刊行した。そこには三篇の短篇小説が収められており、僕は「現代詩フォーラム」の私信を通じてそれを
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