忘れること、忘れないでいること/岡部淳太郎
 
たいのだ。ともすれば忘れられてしまいそうな死者を自分自身の記憶の中に刻みつけるために、また、死者について忘れてしまいそうになっている人々の記憶を揺さぶるために、思い出してもらうために、僕は語りつづけたいのだ。
 いまから二年以上前、僕の実の妹が亡くなった。そのことは「墓地の壁」「駈けていった」といった詩や前述の「詩人の罪」といった散文に書いた。二〇〇四年の春、三月下旬のもう桜の花が咲いていた頃だった。僕は当然勤めていた会社を何日か休んだ。そして仕事に復帰した時に、会社の人たちに亡くなったのが妹であることを語った。その時は彼等も同情してくれた。だが、時が経つにつれ、彼等の中から僕の妹の死という事実
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