忘れること、忘れないでいること/岡部淳太郎
 
何も波風を起こす心配はない。そのことについて口を閉ざし、他の話題を語りつづけていればいい。それで何となく社会に参加しているような気になれるし、語らずにいることで死者のことを忘れ、日々の忙しい現実に目を向けることが出来る。だが、僕はあえて語りたいと思う。ある種の人々から死者への冒涜だと批判されるかもしれないが、語りたいという気持ちを抑えることは出来ない。それに、あえて死者に対して口を閉ざしていることは、僕にとっては時に欺瞞のように思えることがある。死という重い現実から逃げているようにも思えてしまう。だからこそ、僕は語りたいのだ。語ることによって罪が生じるかもしれないが、それでもかまわずに僕は語りたい
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