忘れること、忘れないでいること/岡部淳太郎
 
も、人が目の前から去ってしまえば、その人はただ記憶の中で生き残るということになる。だが、時にその記憶の中からさえも消し去られてしまうこともある。忘れてしまうのだ。その人に関するあらゆる物事を忘れてしまって、日々の生活の中に埋もれてしまう。それは淋しいことではないだろうか。
 かつてひとりの詩人がいた。彼はすぐれた詩人であると同時に、すぐれた批評家でありすぐれた小説家でもあった。彼は二〇〇六年の途中まで「現代詩フォーラム」に在籍していたが、ある時すっぱりと退会してしまった。そして、彼が「現代詩フォーラム」にいないことが当たり前のようになってきた二〇〇六年九月、僕は彼が亡くなったということを知った。
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