ピラニア/「Y」
、僕は標本箱に己の魂を吹き込む作業を止めなかった。標本箱と向き合うという行為が、いつのまにか、僕の生活の核になってしまっていた。
死が遠ざかってからはじめて僕は気付いた。外へ出て蝶を追う行為も、標本箱の中での閉じられた戯れにすぎなかったんだということに。
家に置いてある標本は、信州大学に寄贈することになっている。父が歳をとり、標本を管理することが重荷になってきたためだ。父は、僕が父のあとを継いで、標本の管理をするものだと思い込んでいた。僕が標本の管理を断ったときの父の顔といったら無かったよ。
ところで君は、この手紙と一緒に僕が渡した小箱を開けたか? まだなら今すぐに開けてみてくれ。……
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