ピラニア/「Y」
 
手から離れて彼女の足元に飛びついた。そして、彼女の顔を見上げながら一度だけ吠えた。彼女はコンビニの看板に繋がれていた紐を解き、犬を抱き上げた。そして僕に向かって笑い顔をつくると、
「ごめんね」
 と言った。僕が立ち上がりながら彼女に向かって、
「すみません」
 と言ったのと、ほとんど同時だった。
 買い物を済ませた後も、抱き上げたマルチーズの温もりが掌に残っていた。家に帰る途中、僕は犬の体毛の柔らかな感触やずっしりとした身体の重み、潤んだ瞳の色などを、心の中で愛おしむように反芻していた。そしてまた、小学校に入ったばかりの頃、両親に犬を飼わせて欲しいとねだった時のことを思い起こしてもいた。
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