「踏み切りの前に立つ人」 〜原民喜「心願の国」を読んで〜/服部 剛
 
 昨日は寝る前に、原民喜の「心願の国」を読んだ。被爆者である
彼は、自らが作家・詩人であるという使命感から、その体験を書き
遺した。戦後間もない頃、母も妻も失い自らに残された弧絶の夜を、
彼は歩いていた。自らの前を遮(さえぎ)るように下りて来る踏み切りの前に
独り立っている情景を、彼は次のように書いている。 



  電車はガーッと全速力でここを通り越す。
  僕はあの速度に何か胸のすくやうな気持がするのだ。
  全速力でこの人生を横切ってゆける人を
  僕は羨(うらや)んでゐるのかもしれない。

  だが、僕の眼には、もっと悄然とこの線路に
  眼をとめ
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